ピーンポーンって沢田さん家の呼び鈴をならすとうっかりどっきりバジルくんが出てきた。絶対ママさんかツナが出てくると思っていた私は不意打ちで「え、あの、バジルくん?」となんともあほっぽい声を出してしまった。完全にきょどってる私をよそに彼はにっこり笑って「皆さんは出かけておられますよ」といった。あ、そうなんですか。だから代わりにバジルくんが出てきたんですね。「あの、おいしいと評判のクッキーを手に入れたんで皆と食べようと思ったんですが」ランボちゃんやイーピンちゃんと。(なんてのは本当は口実で)そう言うと彼は申し訳なさそうな顔をして「わざわざいらしてもらったのにすみません。皆さんもうすぐ帰ってこられると思うのですがあがって待ちますか?」なんて言うものだから私はもちろん「お邪魔します」って図々しくも上がりこみました。

殿、紅茶でいいですか」
「はい、ありがとうございます」

カタンって小さな音がして彼が私の前に紅茶の入ったカップを置いた。わぁバジルくんのいれた紅茶すごくおいしそう!私はバックの中からクッキーを出して少しだけあけた。皆が帰ってくるまでの我慢できそうにないのでちょっとだけです。いいよね、私が買ったんだし!「どうぞ!」と彼にクッキーを差し出すと彼は一瞬戸惑ったような表情をして(もしかしてクッキー嫌いとか…!)。「拙者が食べてしまってもよいのですか?」なんて言うものだから私は必死で「どうぞ、ぜひバジルくんにも食べてもらいたいです!」って大きな声で言った。

「ありがとうございます。とてもおいしいです」

ひとつクッキーをつまんで食べた彼を見て私は、あ、手作りのクッキーをもってくればよかったって後悔した。もし彼が私の作ったクッキーを食べて笑顔でおいしいですって言ってくれたなら。(でも今日は仕方ないんです。この間ランボちゃんとイーピンちゃんと出かけたとき二人がクッキー食べたいって言ったんだけど生憎私のお財布の中には76円しか入ってなかったんです。そのとき二人には悪いことをしてしまったなぁと思ったから今日持ってきた訳で)

「それは、よかったです」
「はい、ありがとうございます!」

それっきり会話は途切れてしまった。何か返さなくちゃ!って思うのに、なんて返していいか分からなくて、彼の目の前に座って彼を正面から見るのが恥ずかしくて(さっきまであんなに嬉しかったのに)、これ以上耐えられないって思った。外していた視線を正面に戻して、とりあえず彼の名前を呼ぶことにした。

「あの、バジルくん!」
「くしゅん…!」

丁度、私が視線を戻し言ったのと彼がくしゃみしたのとは同時だった。わぁかわいいなー。なんでこんなかわいいくしゃみが出るんだろう。わたしなんか「ぶえっくしょい」だよ絶対。かわいらしさも女の子らしさもまったくない、欠片さえも見つからないくしゃみだよ。絶対こんな姿バジルくんに見せられない!たとえバジルくんの前で鼻がむずむずしても根性で止めてみせるよ!「すみません」と礼儀正しく彼が言う。ちょっと上目遣いで言われたらドキって心臓が飛び跳ねた。ちゃんと口に手あててます。こんなところからも彼の育ちのよさがうかがえます。そしたら彼はもう一回くしゅんってくしゃみをした。風邪なのかしら?そして、彼の口元にあてたきれいな手についつい見とれてしまう。こんなに細くて大丈夫なのかな。箸とか持ったらボキッっと折れてしまうんじゃないかしら(!)そんな風にバジルくんを見ていたら、彼も私の視線に気付いて(そうだよね、こんな凝視してたら普通気付くよね!)にっこりと笑った。ああ、今ので私ノックアウトです。天にも昇る気持ちってこういうことをいうんですかね?(ちょっと違いますか?)

「風邪ですか、バジルくん。窓をお閉めいたしましょうか」
「大丈夫ですよ、お気遣いありがとうございます」

大丈夫だと言われたけれど、私は立ち上がって開いていた窓を閉めた。確かに風が少し冷たいかもしれない。日中は暖かいけれど、日が沈むとやはり肌寒い。あれ、バジルくん風邪…?もしかして具合が悪いから一人で寝てお留守番してたんじゃ!バジルくんはいい人だから心の中でだるいから早く帰ってほしいななんて思っていても口に出せなかったんじゃないかしら。それなのに私ったら図々しく家に上がりこんで紅茶までごちそうになって!そこまで考えて私は勢いよく立ち上がる。バジルくんが案の定「どうなされたのですか?」って聞いてきました。ごめんなさいってひたすら謝りたくなりました。

「バジルくんあなたは今日は早く寝るべきだと思います。風邪を治してください。しにますよ」
「しにませんよ拙者はそんなによわくありません」
「とりあえず、寝た方がいいと思います顔も心なしか赤い気がしますよ」

もしかしたらただ夕日のせいだったかもしれないけれど。こうでも言わないとバジルくんは無茶しそうな気がするのでそういうことにしておく。バジルくんが風邪引くなんて大変よ!私は風邪引こうが熱でぶっ倒れようが構わないけれど、バジルくんは絶対だめ!なんなら私に風邪移していいですよ(いやそういういみじゃなくて!)

「だったらそれは殿のせいですよ」
「私ですか!?え、」
殿があまりにもかわいすぎるので」

そう言ってまたにっこり笑った。ああ、もう!どうしてこの人は私をドキドキさせることが上手いのでしょう!心臓が早く脈打ったり、大変なことになってます。きっとこのまま心臓ばくはつします。ばーんって。そうなったらどうしてくれるんですかバジルくん?

殿も風邪ですか?顔が真っ赤ですよ」
「それは、バ、バジルくんのせいです、よ」

バジルくんと同じ答えを返そうとしたけれど心臓がドキドキしてまともに言葉も喋れなかった。日本語は私の母国語なのにバジルくんの日本語の方が全然流暢で上手です。私はその台詞を言ってしまってからものすごく恥ずかしくなってもうまともにバジルくんの顔を見られなくなった。よくバジルくんはこんな恥ずかしい台詞を何事もなさげに言えますね!私の頭の中はもうパニックです。あなたのその眩しいほどの笑顔が頭の中にいっぱいで。それ以外は何も考えられなくなる。

「あの、もう私帰ります。バジルくんはゆっくり寝て風邪を治してください」

逃げるようにそう言ってドアに向かうとぎゅって右手首をつかまれた。振り向こうと思ったけれど多分今私の顔は夕日のせいです、なんて言い訳も通じなさそうなくらい真っ赤だと思うので振り向けません!だってこんなに心臓がバクバクいってて。それを静めるために私の全神経は集中されるべきなのです!しかしそんな無駄な努力をすればするほどドキドキは大きくなります。そう、私にとってあれは告白同然の行為だったのです!(勘のいいあなたはとっくに気付いていたかもしれませんが!)(だってこんなにも、)そのくらい恥ずかしかったのですよ私は。

「もう帰ってしまわれるのですか?まだ皆帰ってきていませんが」
「でもバジルくん病気みたいなんで。私がいたら寝れないんじゃないですか」
「寝なくても殿がいてくれれば治りますきっと」
「いやいや私看護士でも医者でもないんでバジルくんの病気は治せません」
「看護士でも医者でもこの病気は治せないと思いますよ」
「じゃあ私が風邪引いたみたいなんで帰って寝ます。それで満足ですか」
「それは大変です。大丈夫ですか?」

そう言ったかと思えばいつの間にか私はバジルくんに抱えられていました。「無理はいけません」だなんて!無理もなにもこの状況が無理です。ごめんなさい、私本当は風邪なんて引いてません。っていうかこれはいわゆるお姫様だっこというやつです。私がお姫様役なんて笑っちゃうけどバジルくんは王子様役にぴったりだなぁ!なんて思いました。

「わ、バジルくんの腕折れるよ!(箸持っただけでも折れそうなのに!)」
「折れません。それと結構傷つきますよその言葉」

殿を抱えられないほど拙者はかよわく見えますか?ここでもし、見えます!なんて言ったらどうなるんだろう。ついさっきまではそう思っていましたよ?今は思ってませんけど。バジルくんは男の子です、当たり前だけど。しかもすごく格好良い男の子です。

「それと言おうと思っていたのですが男一人の家に上がりこむのは無用心にもほどがあると思います」

私を抱えててくてくと歩きながら彼はそう言った。そんなの最初に言ってよ!そうです、バジルくんは男の子なんです。男の子は皆狼ですよね。知ってますよそんなこと。知ってたんですけど…!あなたがそんなに英国紳士っぽいから忘れてしまってたんです。(さらにバジルくんはイタリア人だってことも忘れてました英国人ではないので英国紳士では決してないのです)

「そしてもうひとつ。皆さんはしばらく帰ってきません」
「え、でもバジルくん、すぐ帰ってくるって」
殿と一緒にいたかったからと言ったら怒りますか?」

殿に嘘を付くのは拙者としても心苦しかったのですがそうでも言わないと殿は帰ってしまったでしょう?なんて大好きなあなたに言われちゃったら怒るに怒れませんよ!


with you
(あなたと一分一秒でも長く一緒にいたいと思うのは私も同じです!)

06.06.08 バジルくん素敵すぎるよ