「こんばんはー」って声がして、どたどたと足音を響かせながらあいつがやってきて。オレはあぁまた来たって嬉しいような悲しいような気持ちになる。でもこの時点ではまだ嬉しさが勝ってるんだよな。毎回そのあと決まって悲しくなんのに、何度繰り返してもこの声を聞く度に心が跳ねる。もうこれなんかの病気だよ、どうにかしてくれよ。

「すっげー足音!」
「シュン、タカ兄は?!」

怪獣みてぇ!とからかったのにはそれを無視して言った。オレはそれまで浮かべていたニヤニヤした笑いを引っ込めて無愛想にまだ帰ってない、と答えると向こうも「あっそ」と興味のなさそうな声で答えた。なんだよそれ、微妙に傷つくんだけど。

「あれ、今日おばさんは?」
「どっか出掛けた」
「タカ兄は?」
「まだ帰ってない」

またはふーんって気のない返事をしてテーブルの上を覗き込む。そこには兄ちゃんの晩飯が置かれていて、それを見て「タカ兄もうすぐ帰ってくるよね。温めといてあげた方がいいかな?」そんなの知らねーよ。オレに聞くなっつの。

「タカ兄最近帰り遅いね。ずっと野球の練習なのかな?」
「知らねー」
「大変だよね、高校生は」

私も早く高校生になりたいなぁ、とどこか遠くを見るような目で言う。タカ兄と同い年になりたいなぁ、だって。何でだよ、お前と同い年のオレがいるじゃん。どうしてだよ、兄ちゃんとオレ顔は似てるのに。兄ちゃんの中学時代の写真見ると今のオレと瓜二つじゃんか。どうしてオレじゃダメなんだよ。オレも高校生になればきっと嫌でもあんなんなるって。

「なー、一緒にゲームしようぜ!」

言った瞬間玄関のドアが開く音がして「ただいまー」ってだるそうな声が聞こえてくる。するとすぐには「タカ兄!」って勢いよく兄ちゃんに駆け寄る。兄ちゃんも「お、なんだ、来てたのか?」って言ってあいつを見るから、オレはどうしようもなくイライラして不機嫌な顔になる。見えてるはずなのに兄ちゃんはあえてそんなオレを無視して通り過ぎる。 それがさらにイライラする。なんなんだよ、もう。

「タカ兄ご飯食べる?」
「いや、先風呂」

どこの新婚夫婦だよ!って思わず突っ込みたくなるような会話。でもそれをは本当に嬉しそうな笑顔で発する。中学生女子ってこえー。風呂場に向かう兄ちゃんの背中をしっかりと見送ってからが振り返る。ものすごい笑顔。しあわせそう。うらやましい。タカ兄がお風呂入ってる間にご飯の準備しよーとか思ってるんだろーな。うらやましい。

は、兄ちゃんのどこが良い訳?」
「んー、シュンみたいにバカじゃないとこ」

そう言ってニヤニヤ笑う。どうせお前は冗談のつもりなんだろうけどさ、その冗談がひとの心を傷つけるんだよ。と道徳の教科書に載っていそうな言葉を思う。んでもってそのあとに「ぜんぶ好き」って答えるから、ほんともうたまんないよ。「本当はすっごくやさしいところ」オレと兄ちゃん顔は似てるのに何が違うってそこだよな。兄ちゃんは普段無愛想だけど、優しさを出せる。オレは無理。いつもへらへらしてるけど、ここぞってときに上手く声掛けられないし、掛ける言葉も持ってない。兄ちゃんはオレの持っていないもんを沢山持ってるんだよな。野球だってオレより全然上手かったし。無駄に記憶力いいし。勉強できるし。大人だし。オレは子どもだし。敵わないよな。

兄ちゃんみたいになりたい。普段はそんなこと絶対思わないのに、今この瞬間だけそう思った。
 

届かず、

遠いまま