卒業なんて言われてもいまいちピンと来ないし、当然涙も出て来なかった。仲の良い友達とは3月中に遊ぶ約束をしていたし、そもそも2月は自由登校で予行の日に1ヵ月ぶりにクラスメイトに会ったのだ。寂しいと言ったらずっと寂しかったし、卒業式前だろうと後だろうとあまり変わらない気がした。もちろん変化はやってくるのだが、それが今の私には分からなかった。実感のないのは私だけではなかったようで、他の子も誰ひとり泣いていなかった。卒業式が終わったあとも皆涙のあとすらない笑顔で本当に楽しそうに写真を撮ったり寄せ書きを書いたりしていた。桜も咲いていない。むしろ寒くて雪さえも降りそうな陽気だった。

なんとなく卒業式は泣くものだと思っていた。中学の卒業式だって少し泣いた。流した涙が少しだったのは皆家が近いから会おうと思えばいつでも会えるし、友達の多くが高校も一緒だったから。だけれども、今回は進学先がバラバラで家もそんな近くない友達もいるのに。涙が流れる気配はなかった。ドラマの中の卒業式はもっと大勢が泣いていたような気がするのに不思議だ。そういう雰囲気はまったくない。この学年が特別なのだろうか。去年私が在校生として出席した卒業式ではもっと先輩が涙を流していたような気がしたのに。

せんぱぁい〜」
「ほら、利央泣かないの」

それに引き換え私は泣くどころか、先輩を差し置いて号泣している後輩を必死なだめる係りになっている。本人は「泣いてない!」と返してきたが、涙がぼろぼろと目から零れている。自分では使わなかったハンカチを差し出して、ふわっふわの髪の毛を背伸びしてわしゃわしゃと撫でてやる。ふわっふわした髪の毛は触り心地がよくて必要以上に撫で回してやった。こんな状況じゃあ例え泣きたくても泣けないだろう。

「何がそんなにかなしいの?」
「だって、センパイ卒業しちゃったら会えなくなる…」
「遊びに来てあげるって。大学も家から通うし」
センパイもきっとそのうちオレのこと忘れるんだ」
「忘れないって」

忘れたくても忘れられないと思う。卒業生がまったく泣いていないこの学校で、おそらく一番号泣していた後輩のことなんて印象が強すぎてそうそう忘れることが出来ない。学校中がほぼ笑顔で満たされているというのに。

「泣いてんのオレだけじゃないし!準サンだって泣いてんじゃん」
「なっ…!オレは泣いてねーよ!」

そう言われてすぐ側に立って準太を覗き込むと確かに少し目が潤んでいる。でも、その程度だ。誰がどう見ても泣いている利央よりマシだ。まったく利央は。それが彼らしいといえば彼らしいのだけれど。本人はどう思っているか知らないが、恥ずかしげもなく泣けるなんてうらやましいと少しだけ思った。

「ほら、卒業するのは私だけじゃないんだよ。あんた達の大好きな和サンのところにでも行きなさい」

手に負えない後輩を体よく追い払おうとしたのだが、肝心の利央は「オレまだセンパイと話すことあんの!」と言ってこの場を離れようとしない。こんな大きい子が泣いてるところにいると目立って仕方ないから、どうにかしてほしいんだけど、ならないみたいだった。

「準サンは早く和サンのとこ行かないんスか」
「行くっつの!お前が引きとめたんだろーが」

そう言って準太はこの場を離れてしまった。正直言って準太には行ってほしくなかった。私ひとりにこの子の相手をしろって言うのだろうか。まぁ利央は私の顔を見て何を思い出したのか泣き出してしまった訳だから、私が泣かせたと言えばそうなのだから、最後まで責任を持つべきなのだろうけど。利央はまだえぐえぐと声を震わせている。それをみているとこっちまで泣きそうになってくる。

「忘れないでくださいよ」
「大丈夫、忘れない」

忘れないでほしいというのは、利央自身のことをだろうか。それとも時々遊びに来るという約束を?どちらだかはっきり分からなかったけれど私は約束した。どちらも忘れなければいい話だ。卒業するという意識はない。利央たちともう今までのように毎日会えないという事実もまだよく分かっていない。でも、

「利央、ありがとう」

泣けない私の代わりに泣いてくれて。私のことを想ってくれて。ふと、夏のあの日の光景がよみがえってきた。利央、心配しなくてもきっと私は忘れられないよ。今もまだグラウンドを駆ける姿が見える。

センパイ、」

利央が涙を拭って私を見る。彼の目に私ははっきり映っているだろうか。私は泣かなかったけれど、今日で卒業するという実感もなかったけれど、きっと私は今日を忘れないんだろうという、漠然とした予感があった。今日のことをきっと忘れない。ひらひらと白いものが利央のふわふわした髪に落ちた。私はそれにそっと触れる。

  

の代わりに

頬が冷たい、季節はずれの雪が降り出したみたいだ