「雨…」

ざぁざぁと雨が降っていた。私は小さく帰れないなと呟いた。私は今日傘を持ってきていなかった。朝は晴れていたのでまさかこんな大雨が降るとは思わなかったのだ。もしかしたら天気予報では夕方から雨と言っていたのかもしれないけれど、私はあいにく天気予報を見ていなかった。そのまま段差のところに座り込む。しばらく帰れない、困ったなぁなんて思いながら。こんなに激しく落ちる雨の中、傘なしで帰ることがどれだけ無謀か。せめてもう少し小雨になるまで待とう、と。

「こんなとこで何やってんの?」
「え、あ、泉くん…」

なんで、嘘をついてしまったのかは分からない。泉くんに心配されたくなかったからかな。本当は待っている友達もいないし、私はここに目的を持っているわけではなかった。

「何やってんの?」
「友達を、待ってるの」
「ふーん」

なんで、嘘をついてしまったのかは分からない。私が困っているということを知られたくなかったのかもしれない。私が困っていたとしても、泉くんには関係のないことだから。泉くんに心配されたくなかったから、かな?どちらにしろささやかな嘘だ。

「雨だね」
「ん?ああ、」
「泉くんは傘持ってる?」
「この前持って帰るの忘れた傘がある」
「ラッキーだね」

少しだけ泉くんも傘を忘れていることを期待した。そうしたら彼もここで雨が弱まるのを待って、私とお喋りしてくれるかもしれないから。でも持っているのならそんな期待は無駄だった。泉くんにはここに留まる理由がないのだから。彼は私の前を通って下駄箱を開け、靴を履き替えた。

は?」
「あ、うん、大丈夫」

何が大丈夫なのか曖昧にした返事をする。けれども泉くんはそれを気に止めなかった。当然だ。何を期待しているのだろう。「そっか」と言って彼が私の横を擦り抜けようとする。私はバイバイと言おうとすると

「どうせないんだろ」

と言って振り向いた。何がどう大丈夫なんだ?と彼は問う。当然私はそれに答えることが出来るはずなかった。しどろもどろになりながら、ただ大丈夫とだけ答えた。

「あ、でも、友達の傘に入れてもらうから」
「それも嘘だろ?本当は雨止むの待ってたんじゃないのか?」

そう言って泉くんはにやりと笑った。お見通しなんだ。きっと泉くんには私の考えていることが手に取るように分かるに違いないと思った。私の顔に全て出ているのかもしれない。

「…どうして分かったの?」
「そりゃ、がそうひとりで呟いてたから?」

彼はもう一度笑った。一気にかぁっと顔に熱が集まるのが分かった。ひとりで、呟いていたのを、聞かれた?いつ自分がそんなことを言ったのだろうと思いを巡らす。そして、確かに言っていた。

「き、聞いてたの?」
「そ。声掛けよーかなって迷ってたら聞こえてきた」
「早く声掛けてよ、そういうときは」

何でよりによって泉くんに聞かれてしまったのだろう。違うんだよ、あれは溜息と一緒に出ちゃった言葉で、いつも独り言言ってるわけじゃないんだよ、と心の中でよく分からない言い訳をした。泉くんは黒っぽい傘を広げた。なんだか泉くんぽい傘だなぁと思いながらそれを見ていると彼がこちらに体を向けた。顔は傘に隠れて見えない。

「入れば?」

「天気予報見てねーのか?雨、明日までこの調子だぞ。学校泊まってくなら無理にとはいわねーけど」最後に彼はふいとそっぽを向いてしまった。学校に泊まっていくつもりなんて全くない。置いていかれては困ると私は慌てて靴を履く。

「おじゃま、します」

どうぞ、と短く彼が言った。

肩触れ合う距離