a 女々しい



いまからでも間に合うのならオレは何だってするのに、
お前を忘れられるのなら何だってするのに。

 



こうして何度もあいつを思い出してしまうのは、オレが未練たらしい男だからだろうか。

こんなことを人に話したらオレらしくないって笑われてしまいそうだけれど。

「頑張れ」って何度も言ってくれた。その言葉は、例えそれが電話越しだったとしてもこんなにはっきりと覚えているのに。機械を通した声だけれど、オレのすぐ耳元で聞こえて、こそばゆいくらい近くに感じられた。例え顔が見えなくとも、笑顔がはっきりと瞼の裏に見えた。オレはそれが嬉しくて仕方なかった。何度だって言ってほしかった。だって、お前がただ一言その言葉を口にするだけでオレは無敵になれたような気がしたから。そんなにもオレにとって大切な言葉だったのに、その言葉にオレはいつも「おう」としか返事が出来なかったことを、後悔している。

 



オレはとてもしあわせで、あいつもしあわせそうに笑ってた。

だから気づくのが遅れてしまったのだろうか。あいつを思い浮かべるといつだって笑顔が出てきたから。だからお前が、自身の言葉で「もう無理なの…」と言ったことが信じられなかった。

「孝介とは、もう無理なの…。ごめんね」

というのは、全部あいつと別れてから考えたことだ。当時はその幸せを当然のこととして享受していたし、それが幸せの形だなんて知りもしなかった。幸せっていうのは、幸せを知らない状態のことをいうのかもしれない。だってそれは一度も失ってないってことだから。失って初めてオレはあいつの存在がどんなに大きかったか思い知らされたというわけだ。

 



「泉、見て!星が綺麗だよ」

あのときは確かに繋いでいた手を、どうして放してしまったのだろう。部活が終わったあと一緒に帰るときにいつも手を繋ぐのにドキドキしていた。本当は繋ぎたくて仕方なかったのに、どのタイミングが一番自然かなんて悩んだりして。冬の空気は冷たかったけれど、あいつの小さい手はあたたかかったことを覚えている。

「そうだな」

なんて、無愛想な返事しか出来なかったけれど。お前が伸ばす指先を追ってつられて上を見上げた空は確かに綺麗だったと思う。実を言うとあんまり覚えてない。だって星空なんていつだって見れるから。あいつはよく星が綺麗と言っていたから。

「明日も一緒に帰ろうね」

とあいつは別れ際にいつもいちいち確認する。普通の練習の日なら一緒に帰るのが暗黙の了解のはずなのに、あいつはいつもそう言う。オレが断るわけないのにな。そういうとあいつも「そうだね」と言って笑った。

 



あいつの笑顔ばかり思い出してしまうのは、もしかしたらあいつが最近笑ってなかったからかもしれない。いつも見れる夜空が記憶に残らないように、あいつの普段の表情は思い出せないだけなのかもしれない、と思ったりして。そんなことがあるだろうか。こんなにも鮮明に、オレを見上げる笑顔が思い出せるのに。

なぁ、は、今も笑っているだろうか。
 


 

しあわせをオレにください。