「あ、泉、いいところに!ちょっとチャリ貸しなさいよ」

あっつい日差しの中、一歩外に踏み出した瞬間これだ。まさに出鼻をくじかれた。太陽光線が容赦なくオレを突き刺しているのに、どうして呼び止めるんだ。せめて日陰があるところで呼び止めてほしかった。むしろ呼び止めなくでほしかった。しかも、かけられた言葉は、チャリ貸せ。ありえない。

「お前自分のチャリは?」
「なんかタイヤパンクしてた」

オレを呼び止めたは汗だくになりながらも日向のガンガン太陽が照り付けている場所にしゃがみ込んでいた。隣にはあいつの自転車がある。ちらりとタイヤに目をやると前輪が本当に空気が抜けてぺしゃんこになっていた。どうやら嘘ではなかったらしい。は前からオレの自転車を「かっこいーちょうだい」とか言っていたから、また乗っ取るつもりだと思ったのだ。

「だから泉にチャリ貸してって言ってるんだってば」
「無理」
「何で!?」
「無理ったら無理」

本当にパンクしていたからといってオレがにチャリ貸す義理はない。ないんだからそんな目で見るなっつの!無駄だからな!

「オレ今からコンビニ行くとこだし」
「歩いて行きなさいよ」
「こんな暑い中歩いたら死ぬっつの」

死ぬ。確実に干からびる。ここ連日ありえないくらい暑くて、本当なら今日みたいな休みの日は外に出ず、クーラーが効いた部屋でごろごろしていたい。のだが、あいにくオレは兄貴とのじゃんけんに負けてアイス買出し係りになってしまったのだ。ああ、なんて不憫。そんなオレからこいつはチャリまで奪おうとしている。

「じゃあ、泉も一緒に行こう!海に泉も連れてったげる」
「遠慮する」
「遠慮しなくていいって」
「チャリ1台しかねーじゃん」
「2ケツ」
「道路交通法違反デス」

オレは正しいことを言っただけのはずなのに「男女の二人乗りは青春の象徴でしょうが!」となぜかキレられた。なんでだよ。

「第一海遠いだろ!暑いのに無理だっつの」

ここから海は自転車では遠すぎる。とてもじゃないが、こいつに海まで行って帰ってこれる体力があるとは思えない。向かったとしても、途中で力尽きるのがオチだ。でもって、そのまま自転車で帰る体力もなく、その辺の道で困り果てる。その結果は目に見えている。オレがそれを指摘するとは人差し指を立て大真面目な顔で「そこなのよ」と言った。

「せっかく夏なのに、遠いから海に行かないって考えがそもそも間違ってるのよ」
「そもそもチャリで行こうって考えが間違ってるんだ」

やっぱこいつは馬鹿だ。海に行きたいのなら親に頼んで車で連れてってもらうなり、電車を使うなり他に色々あるだろうが。「じゃあ泉は海に行きたくないわけ?」誰もそんなこと言ってないだろ。

「とにかく今日は諦めろ」

そういうとはギラギラ照り返すアスファルトに視線を落とし、口をつぐんだ。少し言いすぎたかな?何かフォローする言葉を探していると、オレがそれを見つけるより先にあいつはパッと顔を上げた。

「じゃあ、アイスおごってよ」

あいつはふくれっ面で言う。はは、やっすいやつ。
 

未だ海は見えず