「アレ?浜田じゃん!」

廊下を歩いているとき何気なく窓の外を覗き見るとよく知った顔が歩いていた。

「浜田ー!」

そう大きな声で呼んで手を振る。すると浜田はすぐ気が付いて、人懐っこい笑顔で手を振り返してきた。

「おう、、久しぶり」

見慣れた顔だ。けれども実際会うのはしばらくぶりだったことに気が付く。

「梅ー、梶ー!浜田だよー!」

そう廊下の端に向かって言うと梶が片手を上げて合図した。梅はただ黙ってこっちに歩いてくる。ここからじゃ表情の判別は出来ないけれど、まぁどうせ呆れた顔をしているんだろう。梅はよく私を馬鹿と言うから。もちろん、その分私も言い返しているからおあいこなのだけど。

「浜田なんか久しぶりじゃん。今度梶と梅と4人で遊ぼうよ」
「おー、誘ってくれー」

そうは言ってもこの間3人でボーリングに行ったときに浜田の携帯に掛けて誘ったけれども、バイトだって言ってこれなかったじゃないか。放課後の勢いで遊びに行こうとしても浜田だけいないことが多い。ひとり足りない。そう言えば遊びに行くどころか、こうして喋ることさえも久しい気がする。

「浜田の予定教えてもらわないと、」

ふと浜田の少し後ろに女の子がいることに気が付いた。顔を上げた彼女の瞳に射抜かれた。そう思った瞬間彼女は俯いて顔が見えなくなった。彼女と目が合ったのは一瞬で、顔を見れたのもほんの少しの時間だったから、その子の顔を記憶するまでには至らなかった。彼女の口が何かを言うかのように動いたのが見えた。こちらまで何を言っているか聞こえはしなかったけれど。「最近全然4人で遊んでねーよな」と浜田が言っている間に彼女はくるりとこちらに背を向けて歩いていってしまった。

「梅と梶はそこにいないのか」
「梅と梶は廊下の端から今ゆっくりとこちらに向かって歩いてきてる。それより、今の子誰?彼女でしょ」
「え、ちが…!」

ただのクラスメートだよ、と浜田は慌てて否定した。けれども、あの子好きだよね。少しからかってやろうと思っただけだったのに。ほんの、冗談だったのに。図星だったとは、私も勘がいいのか、悪すぎるのか。

「何か話してたんじゃないの?邪魔しちゃってごめん」
「いや、これで良かった」
「何がいいのよ?」
「オレ絶対今顔真っ赤だもん」

そういえば、少し赤い。でもそれは日焼けだと思っていたよ、浜田。言わなければそう思い込んであげたのにね。

「なんか改まって言いたいことがあるとか言われたからもしかしたら告白されるんじゃないかと勝手に期待してしまった…」
「本当に告白する気だったかもよ」
「いや、それはないって」

ふーん、浜田でも誰が好きだの言ったりするんだ。恋だの愛だのそういう話するんだ。そういえば私は浜田とそんな話したことないなぁ。浜田と恋話するとこなんて想像出来ない。去年の私達は恋だのとは遠いところにいたのだ。毎日馬鹿でくだらない話をするのに一生懸命だった。でも、私はその時間がとても好きだったんだよ。たとえ、明日になったらどんなことを喋ったか忘れてしまうような話だったとしても。今の浜田は知らない顔だ。なんとなく、浜田が今のクラスメートの話をするのも面白くない。

「とりあえず追いかけたら?もう授業始まるし」
「ああ。そうだな」

そう言って浜田がふっと後ろを見る。あの子が歩いていった方向を足跡を辿るように眺める。今どんな顔をしているの。きっと私の知らない表情をしているんだろうと頭の片隅で思った。

「遊ぶときは連絡くれ。オレだけハブにするなよ?」
「分かってるって」

「じゃーなー」と手を振りながら浜田が背を向けて駆けて行く。もうとっくに見えなくなったあの子の背を追って。私が小さくなっていく浜田をぼんやり見ているとやっと梅と梶が到着した。

「随分ゆっくり歩いてきたじゃん」

梅がいる、梶がいる、私がいる、けれども浜田はもうここにはいない。私達の隣に浜田はいない。さっきまで見えていた小さくなった背中も、もう見えない。時々、何故浜田が教室にいないのだろうと不思議に思うときがあるのだ。もう浜田はクラスメートじゃないのに。せっかく梅と梶とは同じクラスになれたのに、浜田だけ違う。学年さえ違うから、廊下ですれ違うことすら稀だ。私の中の何かが足りない。けれども、浜田はもう今のクラスに居場所があるのだ。

「私達、もう去年とは違うんだね」

梅は相変わらず黙ったままで、梶は小さな声で「ああ、」とだけ言った。梅と梶、どちらか分からない手がふわりと私の頭を軽く撫でた。

ジニア・リネアリス