本当はそんなつもりなかったのだけれど、家庭科の調理実習でお菓子を作って男の子にあげるなんて少女漫画みたいだと友達が皆盛り上がって、気になる男子にだとか彼氏にだとかにあげると楽しそうにするものだから、私もその気になってしまったのだけれど、渡したあとに後悔はやってきた。

「じゃあ俺が作った分をあげますよ」

そう言って睦くんが取り出してきたのは綺麗にラッピングされたカップケーキだった。かわいい袋に入れられてピンクのリボンで結われている。中に入っているカップケーキは端っこが潰れてもいないし、パッケージの写真のように綺麗に焼けている。何もかもが負けている。そう思った。

「ごめん、やっぱ返して」
「は?」
「それ違った。友達から私がもらったやつだった。ごめんごめんアハハハハ」

そう言って睦くんの手から先ほど渡したばかりの袋を取り返そうとする。掴んだまでは良かったが、睦くんも手を離さなかった。

「返して」
「俺がもらったものです」
「元は私のだよ」

袋は友達からもらったのでかろうじて柄の付いてるものだけれど、リボンもシールもなかったので口はセロハンテープで止めてある。よくそんなものを彼氏にあげようとしたものだ。肝心なのは中身かもしれないが、その中身もここに持ってくるまでの間に鞄の中で少し潰れてしまっている。唯一の救いはカップケーキなので出来栄えの差異があまりないことだろうか。

「仮にこれが本当に友達からもらったものだとして、それではあなたが作ったものはどこにあるんです」
「食べちゃった」

そう言うと睦くんは信じられないといった表情をした。もっともだ。

「食べちゃったのすっかり忘れてたよごめんね」

苦しい言い訳だけれども、でもここは嘘を突き通すしかない。一度見せてしまったものをとりあげてどうなるとは思うけれども、せめてやり直したかった。

「今度ちゃんと作ってきて睦くんに差し入れするね。だから今日はもう諦めて」
「嫌です」
「私だって嫌だ」

睦くんはこう見えて頑固だ。次は綺麗な袋とリボンで丁寧に飾ったラッピングで、持ってくるときも鞄に投げ入れずにきちんと紙袋に入れて潰れないように細心の注意を払う。

それなのに睦くんは私の一瞬の隙を突いてカップケーキを奪い取ると私の手の届かない高いところに上げてしまった。卑怯だ。

「これが友達にもらった分なんて嘘なんでしょう。本当のことを言ってください」
「……言いたくない」

彼氏の作ったカップケーキの方がおいしそうで綺麗にラッピングされていたからなんて言いたくない。口に出したらそれこそ負けな気がした。睦くんのことだからきっとこのラッピングも同じ班の女子に分けてもらったのではなく、睦くんの自前だろう。クラスの女の子に分けてもらっていたとしたらそれはそれで複雑な気持ちだけれども。睦くんは手先が器用だし手際はいいし、普段伊達に毎日東金先輩と土岐先輩のお茶の用意をしていない。その経験も遺憾無く発揮されていた。

「じゃあ俺の作ったこのカップケーキも没収です」
「なんで!?」
「それ、クラスの女子からもらったものでした」
「さすがに私でもそれは嘘だって分かるよ!」

同じ言い訳で返されればいくら単純な私だってそれが嘘だと分かる。まさか通用すると思われているわけではあるまいし。

「俺が女子からひとつもお菓子をもらっていないと言い切れるんですか?」
「うっ……」

普通に考えてもらってる。東金先輩土岐先輩とアンサンブルを組んでいる睦くんはキャーキャー言われる身分だ。ライブのあとは先輩ふたりの人気には敵わないとはいえ、差し入れだって沢山届くし、睦くん目当てでライブに来るファンもいる。私はライブを見に行くたび、睦くんの格好良い姿を見られて嬉しい半面、少しだけ、ほんの少しだけ複雑な気持ちになる。

「む、睦くんはもらわないよ」
「言い切るんですね」
「だって、睦くんはそれもらったら私がちょっと嫌な気持ちになるだろうなとか不機嫌になったら面倒くさいなとか考えて、受け取らないと思う……」

半分はこの場を乗り切るやけくそで、半分は期待だった。そうだったらいいなって。睦くんが私のことを考えてもらってなかったらいいなって。

随分と自意識過剰な恥ずかしいことを言ってしまったと、俯いていたのだけれどそれに対する睦くんの言葉がいつまで経っても返ってこなかった。笑い飛ばすのならさっさと笑ってほしい。熱い顔のまま視線を上げると、目を丸くした睦くんがいた。

「何、その顔」
「いえ、まさか言い当てられるとは思っていなかったので……」
「えっ、当たってたの?!」
「あなたが不機嫌になったら面倒くさいという部分が、です」 

今度は私が目を丸くする番だった。頬は元から熱かったのでこれ以上熱を持ちようがない。睦くんはいつも私のことをきちんと考えてくれている。本当に私には勿体無いくらい素敵な彼氏だと思う。

「でも私のカップケーキは返して」
「嫌です」

カップケーキ・ロマンス