「あの、沖田さんはいらっしゃいますか?」
「沖田なら今出かけているが」

チナミくんが真っ先に振り返って私の問いかけに答えてくれる。訪ねてくる私を取り次いでくれるのは大体彼だ。私が何度も神子様御一行のところへ顔を出すものだからすっかり名前を覚えられてしまった。

「あの、言付けを預かってきたのですが、いらっしゃらないのならまた出直します……」

自分でも悲痛な声を出しているという自覚はあった。前回も前々回も同じことを言って、そのたびに元気がなくなっていくのが分かる。運の悪い自分を呪いたかった。

「代わりにオレが伝えようか」
「いえ、大丈夫です。大した用事ではないので」
「それならなおさら伝言した方がいいのではないか。だって何度も足を運ぶのは大変だろう」
「あの、本当に大丈夫です! また来ます……!」

チナミくんは優しさから申し出てくれているのは分かったが、はいそうですかお願いしますと言うわけにはいかなかった。伝言をお願いしてしまっては一回分損してしまう。

「チナミ、あまり野暮なことを言うものじゃあないよ」
「野暮、とは……」
くんはただ総司に会いたくてここに足を運んでいるだけなのだから」
「こ、小松様……っ!」
「おや、私は何か違うことを言ったかな?」

違わない。小松様のおっしゃることは何ひとつ間違っていなくて、正しく真実だ。けれどもそれを今ここで明かさなくたっていいではないかと思う。皆の生暖かい視線が居た堪れない。龍馬さんなんてにやつく口元を隠せずにいる。

「君もなかなかどうして一途だよね」

沖田さんに会えるのなら何度だって足を運ぼう。無駄足だっていい。一目その姿を見られるのなら。一言でも、言葉を交わせるのなら。新選組一番隊隊長であるだけでも私にとっては十分遠い存在なのに、さらに彼は今神子様を守る役目も負っているというのだから、一介の町娘にすぎない私が多くを望むことは出来ない。それは十分理解してはいても、私の想いの向く先はいつだって同じだった。

「私は……ちょっと沖田さんに会えれば、それだけで」
「僕がどうかしましたか」
「きゃっ!」

突然後ろから声を掛けられ、飛び上がると、そこには話題の渦中にある彼が立っていた。気配がないのは相変わらず。彼はいつもの穏やかな笑顔だったけれど、あまりにも不意打ちで近すぎる距離に私の心臓はバクバクと大きく鳴っていた。

「い、いい、いつからそこに!」
「今ですよ。どうかしましたか?」

きょとんとした顔で覗き込まれ、思わず後ずさる。今日は会えないものだと思っていたところへこの至近距離で彼の顔を直視するのにはあまりにも心の準備が出来ていなかった。

「チナミも貴方も顔が赤いようですが……」
「な、何でもないです!」
「そうだ、オレたちは何もない!」

チナミくんのその言い方がますます怪しかったが、沖田さんはそのまま言葉を受け取ってくれたようだった。それに安堵するとともに、少しさびしくもあった。私にもう少し興味を持ってくれたらいいのにというのは私のわがままだ。

「総司、くんが君を訪ねてきたよ」
「そうですか。わざわざありがとうございます」

彼は小松様の言葉に対して流れるように返事をし、スッとチナミくんと私の間に割って入る。その不自然な動作に疑問を挟む余地もなく彼が口を開く。

「それで、何のご用事でしょうか」
「あ、えっと……」
「貴方が会いに来たのはチナミではなく僕なのでしょう?」

沖田さんの透き通るような綺麗な瞳が私に向いている。こんな風にまっすぐ彼から見つめられたことは初めてで、「はい……」と返事を返すので精一杯だった。

「おや、良かったね。総司はやきもちを妬いているようだよ」
「沖田さんがやきもち……?」

彼にあまりにも似つかわしくない言葉で、私は首を傾げてしまう。小松様も適当なことを言って私をからかうのもやめていただきたかった。それでなくとも、“もしそうだったらいいな”という欲は際限がないのだから。

「やきもち?」

予想に反さず沖田さんは目を丸くしてきょとんとしている。やはりそんなわけがないのだ。先ほど感じた不自然さは私の気のせいで、意味なんて何もないに違いない。

「でも、さんが僕の知らないところでチナミと話しているのは嫌です」

沖田さんはふと困ったような表情を作る。彼の言葉の意味を理解しようとする私に、小松様は「おやおや」と言葉を落とし、皆の視線は集まる。何か、何でもいいから言葉を返さなくてはと思うのに、私はこの頬の熱の冷まし方を知らなかった。

2014.02.28