「殿はまるで総司の母親のようだな!」
――ぐさり。近藤さんの何気ない言葉が私の胸に刺さった。
「そうでしょうか。あまり似ていませんが」
「そういう意味ではなくてだな!」
いつものように沖田さんを迎えに新撰組の屯所まで来たときのことだった。怨霊討伐に行くことを沖田さんに伝え、しかし彼には隊務があるためいつものように集合の時刻まで待たせてもらおうとしていたときのことだった。
「母親……」
これでも一応沖田さんには淡い恋心を抱く身であるからこの言葉はつらかった。もしこの場に色恋に長けている土方さんがいたなら上手く間に入ってくれたかもしれないが、あいにく彼は席を外している。もっとも、いたところで私をからかう側に回る可能性はあるが。
近藤さんに悪気はない。それは分かっている。むしろ本人は私を褒めるつもりで言ったのだろう。頭では分かっていても、その言葉はちくりと私の心を刺す。
だんだん平静を装っていることが出来なくなって、私は適当なことを言ってその場を辞した。いつもだったら定刻まで沖田さんを待っているのだけれど、今この時ばかりはそんな気持ちになれなかった。
「……帰ろう」
いつも定刻まで沖田さんを待って皆のところまで連れて帰るから母親のようだと言われてしまうのだ。沖田さんだって幼子ではないのだから私がいなくったって当然ひとりで来れる。私が屯所で待つ必要なんて最初からなかったのだ。
いつもは時間に沖田さんと連れ立って帰ってくる私がひとりと知れたら皆は不思議に思うに違いないと思って、こっそり部屋に戻った。心配からくるものだとしても今はあれこれ詮索されたくなかった。ごろんと畳に横になる。はしたないとは思ったけれど、今は何もする気になれなかった。
*
「――さん」
私を呼ぶ声で目が覚めた。少し遠くに聞こえるけれどその声は私がいつも求めているものだった。
「さん? そこにいるんですか? ……失礼します」
「ちょっと待っ…!」
私の制止の声よりも早く襖の開く音がした。いつの間にか寝てしまっていたらしい。惚けた頭が一気に覚醒する。一体今は何時だと慌てて身を起こした。
「ああ、ここでお昼寝していたんですね。待ち合わせの時間になっても下にいないから皆さん心配していましたよ」
ここに都がいたなら女子の部屋の襖を勝手に開けるなと怒ってくれただろう。近藤さんでも沖田さんを窘めてくれただろうけど、そのふたりのどちらもここにはおらず、私は突然のことに唖然とするばかりだった。
「屯所にもいなかったので随分探しました。おかげで遅刻して都さんには怒られましたけど」
「えっ、あ、ごめんなさい!」
あの沖田さんが私を探してくれたなんて意外に思ったのだけれど、きっと近藤さんか土方さんが何か言ったのだろう。命令もなしに沖田さんが私を探すなんて考えられなかった。
「よくよく考えてみたら沖田さんを呼びに行ったあと、約束の刻限まで屯所にいる必要ないなぁって」
「具合が悪かったんですか?」
「そういうわけじゃあないですけど」
「それでは何か火急の用事でも?」
「それも、ないですけど……」
沖田さんはきれいな澄んだ目で私を見つめる。その目で見られると私は平常心でいられなくなって、嘘が吐けなくなってしまう。
「わ、私は沖田さんの母親じゃあありませんから……!」
上手い言い訳が出てこなくて、つい本当のことを言ってしまった。
「沖田さんだって子どもじゃないんだから別にそこまで面倒見なくていいことに気が付いたんです!」
わざわざ屯所まで呼びにいく役目を引き受けたりだとか、そのあと時間までわざわざ屯所内で待ってまで沖田さんを集合場所まで連れていったり、沖田さんの健康を気遣って差し入れしたりだとか、近藤さんが言うように母親のようだと思われても仕方がない。
「さんが僕の母親でないのは知っています」
それは事実だ。でも私が言いたいのはそんなことではなくて、というのは沖田さんには伝わらない。私が本当は沖田さんのことが好きだから、ひとりの女の子だから、母親のようだと言われると傷付くのだと。ーー言えるわけがない。
「本当に具合が悪いわけじゃないんですか? 顔色が悪いように見えますが」
「あ、はい、大丈夫です」
「でも、いつもよりずっと……」
そう言って沖田さんは困ったような顔をする。言葉を探している様子だったのも一瞬、次に私の顔を覗き込むとはっきりした声で言った。
「今日は一日休んでいた方がいいかもしれません。都さんにはそう伝えておきます」
「えっ、でも私大丈夫――」
彼がこんな風に言うなんて珍しい。いつもだったら大丈夫という言葉をとりあえずはそのまま受け取るはずなのに。
「沖田さん誰かに何か言われたんですか?」
「……? 誰にも何も言われてませんけど……」
「じゃあどうして――」
口から言葉がついて出てしまってから後悔した。彼の行動にきっと深い意味はないに違いないのに。ちくりちくりと何かが刺さるように胸が痛む。
「さあ、どうしてでしょう……」
沖田さんは視線を逸らして困ったような表情をする。ほら、ね。
「でも、明日もさんが迎えに来てくれなかったら嫌だなぁと思ったんです」
この恋を叶えたいとは言わない。でも、沖田さんの中で、私の存在が少しでも彼の心を占めることが出来たなら――。
「さん? 顔が赤いようですが……。やはり今日は休んでいてください」
再び寝かしつけようとする彼のやさしい手に、私は逆らう術を知らなかった。
私もひとりの女の子です