半刻ほど自由行動を取ることになって、それならばこの機会に寄ろうと思っていた店が偶然新選組の江戸の屯所に近くだったことから沖田さんと一緒に行動することになってしまった。自分のお使いを済ませ、沖田さんも新選組副長に報告を済ませたら丁度良い時間になったのでまたふたりで肩を並べてリンドウ邸に帰る途中ことになった。そのこと自体に不満はないどころか内心嬉しく思っていたくらいだったが、ひとつだけ気になることがあった。

「あの、沖田さんさっきからどうしたんです?」
「何がですか?」
「何がって……」

私が歩みを止めると沖田さんも続けて止まる。道の真ん中でふたりして立ち止まってしまうことになったが道行く人々は何事もなかったかのようにすいすいと私達を避けて通って行く。

「ちらちらとこっちを見てますよね?」
「……僕、さんを見ていましたか?」
「何が言いたいことがあるならはっきり言ってください」

私と一緒に過ごすことになってしまったのが不満だとか私が気付かないうちに失礼なことをしてしまっただとか常々からどんくさいと思っていただとか。ちらちらとこちらを見るくらいだったらすっぱりはっきり言ってもらった方が気が楽だ。そう思って彼と向き合ったのだけれど、肝心の沖田さんはきょとんとした顔をしていた。

「特に言いたいことはないですよ」
「じゃあ私の顔に何か付いてるんですか?それとも私がどこか変とか」
「そういったこともないです」
「じゃあどうして」

何度もこちらを見るということは何かしら理由があるに決まっている。会話をしているならともかく、私達は無言で歩いていた。そして沖田さんは沈黙を気にするような人ではない。いつもはちゃんと前を向いて歩くのだから沖田さんの気を引くものが絶対にあるはずなのだ。

「そうですね、強いて言うなら僕が見たかったからでしょうか」

そう言って彼はじっと私の目を覗き込んだ。その拍子に距離も近くなるものだからドキリと心臓が飛び跳ねた。

「もう、見てどうするんですか」

彼の視線を遮るように手をぱたぱたと振って顔を隠す。またきっと沖田さんのことだから何故目と目の間に鼻がついているのかとか鼻の下に口があるのが不思議だとかきっとそういうことを考えているのではないだろうか。しかしそうと分かっていても彼の整った顔にまじまじと見られるのでは心臓に悪い。

「ああ隠さないでください」

そう言って沖田さんは私の右手首を掴んだ。遮るものがなくなって、沖田さんの目がまっすぐ見詰めてくる。きれいに澄んだ目に見つめられて私が動けなくなっている間に彼はもう片方の手で私の手をぎゅっと包み込んだ。

「ちょっと沖田さん!」
「はい」
「はいじゃなくって!手を離してください!」
「でも手を離したら見えなくするでしょう」
「もうしません!だからこんな往来で手を握らないで!」

先程まではこんなこと江戸では日常茶飯事だと言うかのように道行く人々は素通りしていったのに、今やすぐ脇をすれ違う人々はちらちらとこっちを見ていくし、この通りに店を構える主人なんかは何か面白そうなことがあると興味津々でこちらを見ている。

「リンドウ邸に戻る途中ですよ!」
「そうですね、皆さんを待たせているから早く行かないと」

そう言って沖田さんは歩き出したが、歩き出してもなお私の右手は彼の左手に包み込まれたままだった。手を握られ、半分引っ張られるような形で私は彼のあとを追う。

「あの、沖田さん、なんで手繋いだままなんですか」
「僕が繋ぎたかったから、ではいけませんか」

いけませんと言えれば良かったのに、私の口から出てきたのはもごもごと言葉にもなっていない言葉だった。繋ぎたかったとはどういうことだろう。沖田さんの表情はいつもと変わった様子はなくて、考えが読めない。

「不都合はありませんよね」
「でも……」
「嫌なんですか?」

「いやではないですけど」と小さな声で言うと彼は珍しく声をはずませて「良かった」と言うものだから結局私は手を繋がれたままになってしまう。詰まるところ、私は沖田さんに手を繋がれるのを嫌だと思うどころか実際は嬉しく思っているのだ。だから強く出れないことを彼は知っているのだろうか。

「沖田さんって本当自由ですよね!」
「そうですか?そんな風に言われたのは初めてです」

ちょっとした仕返しのつもりで皮肉を言えばまともに返されてしまった。

「どちらかと言えば固いとか融通が利かないと言われることが多いような気がします」
「私にはそうは思えません」

確かに新選組のお役目に関しては真面目だけれども、それ以外では意外と言いたいことを言うし、今みたいにやりたいことをやっている。案外我慢ということを知らない人のように思える。

「ではさんの前でだけそうなんでしょうね」

そんな風に目を細められたら何も言えなくなってしまう。彼はふわりふわりと花が舞うようにやわらかく笑う。普段あまり表情を変えない彼は笑うときとてもやさしい目をする。その表情を作れたことが、その目が自分に向けられたことが私の心をぽかぽかと温めた。

「……リンドウ邸の手前の通りまでですからね」
「えっ、着いたら離さないといけないんですか?」
「着く前に離してください!」

私がそう言うと沖田さんは再び驚いたように目を丸くさせた。皆と合流するときまで手を繋いでいたのではなんと言われるか分かったものではない。特に坂本さんなんかは喜んで囃したてそうだ。それくらいすぐに想像が出来るのに「離したくないな」と小さく彼が呟くものだから、今度は私がびっくりする番だった。それではまるで私と誤解されても構わないと言っているようなものだ。

「それはどうしても、ですか?」
「どうしても、です!」

沖田さんの顔を見ていると絆されてしまいそうだったので、私は顔を伏せた。彼といるといつもこちらの調子は狂わされてしまう。彼の心の肝心な部分だけはどうやっても読めない。

「沖田さんはわがままだ」
「それはきっとさんに対してだけです」

そう言って沖田さんがくすくすと笑う声が聞こえる。彼がどういう顔をしているのか見てみたい気もしたが、それ以上にぎゅうと包まれた右手が熱くて、私はただ交互に足を前へ出すだけで精一杯だった。

2012.03.16