思わず、ヒッという音が喉から出てしまった。

普通だったらなかなか見ることもないだろう同級生の袈裟姿に私は思わず固まってしまった。休日にお墓参りをしてもう帰ろうかというときだった。家族はすでに車に戻っていて、私も借りたバケツを返してから駐車場に向かっていた。その途中で目の前をお寺の人が通ったので挨拶しようとすると、知った横顔だったのだ。

……?」

彼がこちらの姿に気が付いて、名前を呼ぶ。向こうも驚いているようで目を丸くしている。その瞳もいつも見慣れたレンズ越しでなくて、違和感がある。いつも部活で見るよく知った長嶺の顔のはずなのに、着ている服が珍しいもので、なおかつ眼鏡を掛けていないだけでざわざわと心が落ち着かない。長嶺は背も高くて元々落ち着いた雰囲気を纏っている人間なので、こうして袈裟を着ていると全く知らない大人のようにも見えた。

「そういえば君のとこはうちの檀家だったか」

長嶺の家がお寺だということは何かの拍子に聞いた記憶がある。でもこんな格好をしてお家のことをやっているなんて知らなかった。三年間同じ部活でやってきたくせに。

「どうした?」
「ここにはお墓参りにきて、それでたまたま……。えっ?!」
「君はさっきから何なんだ」

長嶺が呆れた声を出す。喋っている途中で急に改めて驚き出すのだから彼の反応も当然といえば当然だった。会話にならない。けれども私にしてみれば、少しでも説明しようと頑張ったことを褒めてほしいくらいだった。頭がぼんやりとして上手く言葉が出てこない中、これでも精一杯努力しているのだ。

「それ……」
「袈裟のことか? 私はここの息子だからね。お勤めだってするし、もちろんそのときは袈裟も着る。君は初めて知ったようだが、ある程度の人間はこのことを知っている。もちろん言いふらしているわけじゃないから誰も彼もというわけじゃないがね。何か言いたいことがあるなら――」

そこで長嶺がこちらに視線を向けて、言葉を切った。私と視線が合って、長嶺は少し眉根を寄せる。彼がこういう表情をするときはいつだったか。見たことがあるはずなのに、頭は上手く回転しなくて思い出せない。不機嫌な表情ではなかったはずだ。怒っているときの顔でもない。じゃあ何だっただろう。

「……そういう顔は反応に困るからやめなさい」
「だって……」

つい、いつものくせで頭で考える前に言い訳が口から出てきた。長嶺とやっていくためには反射で言い返さなければ一方的に丸め込まれる。それがこの三年間長嶺と同じ部活でやってきて習得したことだった。大抵のことは言葉が後からついてくる。――でも今日はダメだった。先が続かない。何か言わなきゃと思うのに視線は彼へ固定されたまま、目が離せない。

「君、今自分がどんな顔をしているか分かってないだろう。鏡で見せてやりたいくらいだ」

そう言って彼が一歩こちらへ近づく。長嶺とは身長差があるから距離が縮まると大きく見上げなければならない。今日は長嶺の瞳がよく見える。

「――顔がりんごのように真っ赤なんだよ」

言われて初めて急に頬がものすごく熱いことに気が付いた。今まで気が付かなかったのが不思議なくらいだ。自覚するとさらに体温が上がったようで、首まで熱くなる。

何か言わなきゃと口を開くのに、何を言ったら良いのか分からなくて、頭がぼんやりして、結局何も出てこないのだ。今度は『金魚のようだ』と長嶺に笑われるに違いない。何も言えないまま、赤い顔を隠すようにバッと勢いよく俯く。すると今度は長嶺の着ている袈裟が目に入ってしまって、どうして良いか分からなくなって、最終的にぎゅっと目を瞑った。頭上から、「はぁ」と彼の深いため息が聞こえてくる。

「だから、そういう予想外の反応は困ると言っているだろう」

そんなこと言われても、私の方だって困る。

2016.10.04