城内の庭で私は探していた人物の後ろ姿をやっと見つけて、弾む声を隠せなかった。昨晩帰ってきた彼の姿を見るのはたった二週間ぶりのはずなのに、なぜだかもう長いこと会っていないようにも思えた。

「三成様!」
「……か」

 私が名を呼ぶ声に彼は苦虫を噛み潰したような表情で振り返った。久しぶりに会ったのだからもっと嬉しそうな顔をしてくれてもいいのに。きっと言いたいことを沢山飲み込んでいるのだろう。それが分かったけれども、私もわざわざ好んでお小言を聞きたいわけではないからそれに気付かないふりをする。

「三成様、こんなところにいたのですね。皆が探していましたよ」

 小走りで近付くと、彼は「転ぶぞ」と小さく言って手を差し出す。私はそれをありがたく取って彼の前に立つ。

「だからといってなぜ君が私を?」
「だからそれは皆が探していたから」
「あなたはそんなことをする必要はない。私の客人として迎えているのだから小間使いの真似事などせずに部屋で大人しくしていなさい」
「でもそれじゃあつまらないじゃないですか」

 今私の身分は彼、石田三成の客人ということになっている。異世界から飛ばされてきた私を最初に発見したのが彼だった。
 この世界には異なる世界からやってくる人間がいるのだと言う。けれどもそれは特別な役目を持った人で、私にはどうやら必要なシンキが見られないとかでひとまず彼の元で保護されることになったのだ。
 保護した以上、きちんと生活の面倒は見てやるというのが彼の言い分なのだけれど。

「皆、私がお手伝いしたら喜んでくれるし」

 まだ子どものお使いみたいな簡単なことしか手伝えないけど、と付け足しながらおそるおそる顔を上げると彼は眉間に刻んだしわをさらに深くした。
 以前はお城の人たちも客人にやらせるなんてと言って彼と同じことを言っていた。けれども、何もすることがないというのはつらいものだ。何度も頼み込んでいると同情からか簡単なお手伝いを任せてもらえるようになった。

「着物でも素早く動けるようになったし、最近はお城の中で迷子になる回数も減ったんですよ」

 最近は侍女や門番の人たちに名前を覚えてもらえるようになった。そうすると彼らのために何かしたくなる。
 客人の身分だけれど、私は確実にこの世界に馴染んできていた。

 寄る辺のない私に居場所を与えてくれた彼に少しでも恩返しをしたい。

 言伝を伝えるくらいではいくらやっても返し切れないとは分かっているけれども、それでも何かせずにはいられない。

「三成さん」

 ぽろりと言葉が口を突いて出てくる。城の中では気を付けていたのに、普段の呼び方が不意に出てしまった。いつもは城の人が三成様と呼ぶのでそれが移ってきちんとこの世界の身分に合わせた呼び方が出来るのに。

 私の呼びかけに彼はこちらを振り向いて、かすかに目を細めた。最近彼はこういう表情をよく見せるようになった。わざとか、それとも無意識か知らないけれど。もしも計算だとしたらひどい人だなと思う。
 いつも眉間にしわを寄せた表情が多いから、こういう柔らかい表情を見ると私の心は勝手に嬉しくなって、舞い上がってしまう。

「三成さんにも今度見てもらいたいなぁ」

 私がここで楽しく生活している姿を。
 彼が会えないときもいつも私のことを気遣って、不便のないように取り計らってくれていることを知っている。
 退屈しないよう城内を散歩する許可を出してくれたり、元気が出るようにと贈り物をしてくれたり、私が不意にさびしさを感じていると丁度良いタイミングで顔を見に来てくれたり。

「時間が出来たらな」

 そう言って彼は歩き始める。横顔をちらりとしか見れなかったけれども、不機嫌そうな顔でも呆れた顔でもなかった。
 きっと今回もいつもと同じように彼は正しく私の思いを汲み取ってくれたのだろう。彼はいつもひどく合理的で冷静で、冷たい印象すらある。しかし彼が本当は優しい人だということを、私はもうとっくに知っている。

「今度お城の人たちと城下町に行く約束をしたんです。三成様にもお土産買ってきますね!」
「いらん、と言ってもお前は買ってくるのだろうな。好きにしろ」
「ふふふ、三成様の好物はすでにリサーチ済みです」
「それは楽しみだな」

 そう言う彼の口元がほころぶ。
 最近、彼のそういう表情を見ると、きゅっと胸が痛む。慣れない環境でのストレスなのかホームシックなのか原因は分からないけれど、胸が苦しくなって、呼吸の仕方を忘れてしまったようになる。――それなのに、困ったことに私はこの痛みが不快ではないのだ。

 伏せた彼の視線の先ばかりが気になって、思わず回り込んで彼の顔を覗き込む。

「絶対、喜ばせて見せますから。楽しみにしていてくださいね」

 この庭は特別な庭なのだと以前彼が言っていた。だからだろうか、日差しがひどく眩しく感じられて彼の顔が見られなかった。
 目には映っていないはずなのに、それでもなぜだかそのとき彼が私に微笑みを返してくれたように思えた。

2020.03.29