ぎゅうと私の右手はコハクによって捕らわれている。

「ね、ねえコハク……」

なんてことないように私の手を引くコハクに声を掛ける。前を歩くコハクの顔は見えないけれど、きっといつもと変わらない表情をしているのだろうと思った。

この状況は私が悪い。ダリウスさんにお使いを頼まれてふたりで街に出たものの、今日は何か催し物があるようで通りはすごい人混みだった。「一体何があるんだろうね?」「面白そうだから帰りに見てみようか」なんて話しながらもお使いを済ませてしまおうと先を急いでいたのだけれど、私が人の波に押しやられてコハクに遅れそうになってしまった。一瞬の間にコハクと私は引き離されたことに驚いている間にさらに人に流された。

さん!」とコハクが私の名前を呼んで手をしっかりと握ってくれたとき、私は確かに安心したのだ。

コハクは私を助けてくれた。手を引いて、隣に連れ戻してくれた。それには感謝している。しているのだけれど、人混みを抜けた先でも繋がれたままの手は少々居心地が悪かった。むずがゆいというか、心がそわそわとして、落ち着かない。

「もう大丈夫だから手離してくれないかな?」
「ダメだよ、そしたらさんどっかに行っちゃうもん」
「行かないってば……」

コハクは私を小さい子どもか何かだと思っているのだろうか。お使いがあるのに、そんなにふらふらとどこかへ行きやしないのに。普段はコハクの方が年下のような言動をすることが多いのに、どうしてかこういうときばかりお兄さんぶる。

「この人混みでおれのこと見失って、夕方までおれを探し続けることになるんだよ?」
「もう人混みは抜けたし」
「日が暮れたら、最近物騒だから悪い人にさらわれちゃうかも」
「だから私迷子にならないって……」

誰も私たちを気に掛けてはいない。道行く人は誰も私たちの繋がれた手など気に留めていない。ただ、私だけがそれを異様に意識している。彼に触れる手のひらはひどく熱を持っていて、そちらにばかり気を取られては足が縺れそうになる。

「もう、どうして分からないかなぁ」

そう言ってコハクは振り返り、私の目を正面から覗き込んだ。まっすぐこちらを見つめる瞳には、気後れも戸惑いも躊躇いもなく、何かを決心したような強い意思が感じられた。私はコハクのこの瞳に弱い。

「こう言えばいい? さん、おれと手を繋いで。――恋人らしく」

言葉と同時に掴まれた手に少しだけ力が込められる。私が痛くならないくらいの力で、でも離す意思はないと言うようにぎゅうっと。

まっすぐな瞳と言葉に思わず俯くと繋がれた手が目に入って、どこに視線を向けたらいいのか分からなくなった。コハクの私よりも大きな手が私の右手を包み込んでいる。こんなことをされては、いつも素直でかわいらしいと思うことも多いコハクを男の子なのだと意識せざるを得ない。

「全部全部ただの口実だよ。普通にお願いしてもさん恥ずかしがって繋いでくれないから」

今回だけでなく、コハクから手を繋ごうと言われたことは今までだって何度もあった。その度に、私はもごもごと口の中で誤魔化していた。コハクの『手を繋ごう』と言う言葉もひどく無邪気な様子で言うものだから、森ではぐれると大変だからとか、足元が悪いからとか、そういう理由で言っているのかもしれないと言い訳を並べて。

「嫌? おれ、あなたの嫌なことはしたくないよ。でもたまにはあなたはおれのものなんだーって主張したくて」

コハクは私を大切に大切に扱ってくれる。それを返したいという気持ちは私にだってある。それなのにいつも上手く出来なくて、頑張ってやっと少しだけ返すのだけれど、その間に彼はまた沢山のものをくれるものだから私はいつまで経ってもコハクに返しきれない。

「だめ?」

そう言ってコハクは視線を合わせようと覗き込んでくる。下を向いて頬に掛かった私の髪を彼の指がそっと掬って払う。そのとき少しだけ頬に触れた指先にさえドキドキしてしまうというのに。

「少しだけなら……」
「やったぁ! さん大好き!」

勇気を出して口にした答えに、コハクは想像以上に喜んでくれる。彼の言葉のくすぐったさに、思わず視線を外してしまう。コハクは明るい性格だからこういうことを私よりも簡単に口に出せるのだと分かっていても、言われると毎回頬が熱くなる。

するりと、それまでただ握るだけだった手に指が絡む。それに驚いてコハクの顔を見ると、視線に気付いた彼がこちらを見て少しだけ照れたように笑う。

「恋人らしく、ね?」

このうるさい心臓はいつになったら慣れてくれるのだろうか。

2017.03.20