外から帰ってくるとふと何かが気になった。何か違和感があったのだ。それが何なのか、正体は分からなかったけれど、何故だか嫌な予感がして、オレは庭の隅へ足を向けていた。植え込みの陰、息を潜めていれば見つからない場所。昔はよくかくれんぼでここに隠れたなぁなんてことを思い出した。ここは幼い頃のオレ達の秘密の隠れ場だった。

「こんなところで何やってんだ」

オレが声を掛けるとはバッ顔を上げた。驚いたように開かれたその目は、何時間も泣いたあとのように真っ赤になっていた。オレは完全に不意をつかれた。

「泣いて、たのか」

見りゃ分かることをオレは思ったままに声に出してしまっていた。情けないことにオレはの涙を見て動揺してしまったのだ。あいつは昔から泣いたことがなかった。小さい頃、あいつが木から落ちたときだって、痛かっただろうに、気丈にも平気なふりをして必死で涙を堪えていた。それどころか心配することしか出来ないオレ達に向かって微笑んで見せたりもした。はそこらの男子よりもよっぽど泣かない子どもだったのだ。気が強いと言ってもいい。オレとの付き合いは長いが、あいつがこんな風にポロポロ涙を流す姿なんて見たことも聞いたこともなかった。オレはを泣かない女だと思っていた。

「な、泣くなよ」

非常に情けない言葉しか出てこなかった。泣いている女を慰めることなんてお手のものだったはずなのに。普段ならもっと気の利いた言葉で悲しみを忘れさせてやることが出来るのに。

「放っておいて」
「そんなこと、出来るわけないだろ」

それだけは断言出来た。このまま放っておきたくない、という思いだけははっきりしていた。未だしゃがみ込んでいるに歩み寄り、隣に座る。

「お前が泣くなんて珍しいな」
「…そんなことない。ヒノエの前では泣かないだけよ」

ドキリとした。いや、ギクリとしたの間違いだ。こいつはもしかして“泣かない女”ではないのかもしれない。そう思い込んでいたのはオレだけだったのか。いつもひとりでひっそりと泣いていたのかもしれない。いや、それとも他の奴の前では泣いていたのか。のことはよく知っていると思っていたのに、本当は何も知らなかったのか。まだまだ知らない面があるのではないか。そんな不安に駆られた。オレには真実が見えていなかったんじゃないかって。

「泣くなよ」

愚鈍なオレは同じ台詞を繰り返している。ただ、今度はの頭が手の届く範囲にあったから、そっと不器用に髪を撫でた。それでもあいつは膝に顔を埋めたままだった。何か反応してくれよ。

「もう、どっか行って」
「どうしてだよ」
「ヒノエにだけは泣いているところを見られたくなかった」

あいつは擦れた声で言った。その細く震える肩を抱き寄せたかったのに。ああ、最近はの笑顔以外の表情を見ていないな、と思った。オレの前にいるはいつも楽しそうにしていた。よく考えればそれはおかしいことだったのかもしれない。オレの前で笑ってくれるのは嬉しいことだけれども、もしかしたら無理をさせていたのか。そんなことにも気が付かないなんて、

「つらいときはオレを頼れよ」

頼むから我慢しないでくれ、泣いたっていいんだ。でも、お願いだ。今みたいにひとりで泣かないでくれ。せめて慰めてやることくらい、それくらいはオレにもさせてくれよ。我慢するなんて、お前らしくないだろ。

090618//か子