外で少しだけまどろんでいるといつの間にかが目に前に来ていて驚いた。いつからいたのだろう。きっと今来たに違いないけれど。 「ひいらぎ、柊!聞いているの?」 「…。もちろん、聞こえていますよ」 「嘘。考え事して聞いていなかったでしょう」 そう言っては柊の髪を引っ張る。すっかり拗ねた顔が張り付いている。 「聞かなくても分かりますよ。羽張彦が呼んでいるのでしょう?」 「違いますー、風早ですー」 「おや」と彼は少し意外そうな顔をした。確かに柊を呼ぶのはいつもは羽張彦だ。特に風早が人を遣って呼ぶことはほとんどない。も風早に頼まれたときは意外に思ったのだ。自分も思ったくせに彼が驚いた顔をすると少しだけ優越感を抱いた。柊はいつも何でも分かったような顔をして澄ましているから余計に気分が良かった。 「珍しいですね」 「ちなみに羽張彦は一ノ姫とお散歩中よ」 柊が不思議に思っているだろうことを先回りして言う。羽張彦の姿が見えないときは姫のところに行っていることが多いことに気が付いたのはいつだったか。今日はふたり並んで歩いているのがちらりと見えたから、ふたりで散歩をしているのだろうと当たりを付けた。きっとそれは外れていないだろう。今日はいい天気で、きっとふたりは野原にでも行くのだろう。 「本当にあのふたりは仲睦まじいんだから」 は羽張彦と一ノ姫の姿を思い浮かべながら言った。羽張彦は見たことのないような優しい目で一ノ姫を見つめていて、姫は楽しそうに笑っている。きっとふたりをああいう表情にさせるのはお互いだけなんだろうなと思った。理想の恋人同士だ。 「羨ましいのですか?ならばには私がお供して差し上げましょう」 「絶対イヤ」 からかうように笑いながら柊が言う。こいつの口がいいのはいつものことなので間髪入れずにはねつける。 「柊と行くぐらいだったら忍人を連れて行った方がいいわ」 「つれないお人だ」 柊は大げさに溜め息をついて呆れた顔をする。この演技も慣れたものだと思う。もこういったやりとりにはもう慣れた。 「ほら、早く行くよ」 そう言うと柊は立ち上がって、眩しそうに目を細めた。逆光が本当に眩しかったのかもしれない。今まで見下ろしていた彼が急に遠くなる。 「、」 柊が少し擦れた声で名前を呼ぶ。ふいに手を伸ばすからはとっさに首をすくめた。やっぱり光が眩しい。思わず目も瞑ってしまう。「髪に葉が」そっと目を開けるといつもと違う、ぞっとするくらいにやわらかく微笑んだ柊の瞳が見えた。柊の手には小さな緑の葉があった。きっとそこの藪を突き抜けてきたときについたものだ。柊の居る場所は大体見当がついていたから近道しようと思ったのだ。 「そんなに急いで私を探しに来てくれたのですか?」 と付け足していつもと同じ笑みでを見下ろす。さっきのやさしい瞳は幻だったのだろうか。今の柊はいつもと同じに演技がかっている。どうしてわざわざ聞くのだろう、絶対に違うって思ってるくせに。は柊を恨めしく思った。昔、出会った頃だったら簡単にドキドキしていたかもしれない。それが容易に想像出来て悔しかった。今ではそんな簡単にはときめいたりはしないのに。柊が本気で言ってるわけではないのを知っているから。 「そうだよ。柊に会いたかったの」 なるべく自然な笑みを作ってそう言ってやると柊は完全に硬直した。驚いた顔が張り付いている。自分で言ったくせに。今まで見たことのないような柊の動揺っぷりには思わず噴き出した。ゲラゲラ笑い出すとさすがに柊も我を取り戻したようだった。 「冗談だってば」 笑いの間にそれだけを伝えてやると、柊は一瞬だけ不機嫌そうな顔をしたあと、ふっと笑って「だと思いました」と言った。「が珍しく素直になってくれたのかと期待したのですが」とわざとらしく付け加えることも忘れなかった。もうすっかりいつもの柊だ。それすらもおかしくて笑う。 「風早が待ちくたびれてしまう」 柊はついに腹を抱えてしゃがみ込んでしまったの手首を掴んで引っ張り上げる。それでもなお、の笑いが治まることはなかった。笑いで力の入らない体を柊が引っ張り上げて連れて行く。 「柊といると楽しいね」 柊はそれに「はいはい」と適当に答える。またからかわれると少しだけ警戒していたのかもしれなかった。でもその言葉だけは本当だよ。は間違っても柊に聞こえないよう口の中だけで呟いた。 090711//か子より香祈さまへ相互記念 |