入学式が終わってしばらく経ち、師団見学があり、ふわふわしていた交友関係も固まり始めるころ。同じ師団に入って仲良くなるひとも多い。逆もまた然り。それまでクラスが一緒で何となくつるんでいたひとが、別の師団に入団したことによって疎遠になることもある。
「えっ、ゼゼくん生徒会に入ったの!?」
「俺ほどの実力があれば当然!」
そう言ってゼゼくんはいつもの扇を広げる。“全智全能”と書かれたそれが今は憎かった。いつもの真っ赤な制服から生徒会の黒い制服に変わったのも見慣れない。
「……そうなんだ、頑張ってね」
それだけ言うと、私はその場から逃げ出した。
*
「最悪だ……」
私は中庭のベンチに座って、自己嫌悪で頭を抱えていた。
あれからゼゼくんと全く話せていない。生徒会に入って忙しくなってしまった彼とはずっとすれ違っている。生徒会に入団したと私にわざわざ報告しにきた彼は明らかに何かを期待していた。多分、賞賛の言葉を。それが分かっていたのに、私は言わずに逃げ出してしまった。
「だって、生徒会は誰でも入れるわけじゃないし」
私なんか勧誘されるわけがない。実際、勧誘されていないし。
あの目立ちたがりのゼゼくんが生徒会に入りたがる可能性は予想出来たはずだった。位階は3だし、心臓破り生存チームだし、生徒会に勧誘されるだけの実力もある。だけど、彼にはモデビルの仕事もあるし、師団に入らないかもしれないとも思っていた。苛烈な新入生勧誘を躱して、『どこの師団入るー?』とかそういう話をしながら見学に行けるかも、とか。仕事を理由にゼゼくんが師団に入らないなら、私も入らずにいても良いかもしれない、とか。
「でもよりによって生徒会〜〜!」
仮に違う師団に入ったとしても、それが生徒会でなければと思ってしまった。生徒会は他の師団とは生活からして違う。顔を合わす機会も減ってしまう。校門での登校者チェックで一瞬顔を見ることは出来るかもしれないが、その他大勢の生徒と同じように一言おはようと言って終わり。それを想像するだけで、胸がズキリと痛んだ。
「こんなところにいた!」
後ろから聞こえてきたご機嫌な声に、私は思わず勢いよく振り返った。振り返ってしまったあとに、そのまま逃げれば良かったと後悔した。
「ぜ、ゼゼくん……」
ジリジリと後退りする私の挙動に気付かないのか、彼はベンチの背面から長い足で颯爽と私の前に回った。
「貴女が先ほど言い忘れたことがあるのではないかと思いまして」
「言い忘れたこと?」
特に言い忘れたことはない。本音は言えるはずがなかったけれど。
でも、ゼゼくんがこういうことを言ってくるときはだいた大体褒め言葉を要求しているのだ。そのためだけに私を探しに来たことに対してがっくりするとともに、他の誰でもない“私の言葉”を必要としてくれたことにほんのり喜びを感じる。
「えっと……、生徒会に入っちゃうなんてすごいね?」
「うんうん」
「さすがランク3の実力者」
「そうでしょう!」
「さすがモデビル、生徒会の制服も着こなしてる」
いつもより心を込めて言えなかったけれど、ゼゼくんは満足しているようだった。胸を反らし、元々高い鼻もさらに高く見えた。
満足そうに口角を上げた彼が、こちらを見遣る。
「“好き”?」
「――っ!?」
彼の口から発せられたその言葉に、心臓が反射的にドキリと大きく鳴った。何となくそれがどこか含みを持ったように聞こえたけれど、私は頭を振ってそれを追いやった。
「もちろん、“好き”だよ?」
結局言うのなら、最初に言ってあげれば良かったなと思った。私の言葉を喜ぶ彼を見ていると、なんだかモヤモヤしていた気持ちが少し晴れたような気がした。
「あの、ゼゼくん、生徒会に入っても私と仲良くしてくれる……?」
こんなことをわざわざ聞くなんてずるいことだとは分かっている。自分が今とても面倒くさいひとになっていることも。
でも、無理矢理言わせてしまったのだとしても、実際は忙しくて全然今までのように話せなくなってしまったとしても、彼からのその言葉があれば心の支えに出来る気がした。
「……ゼゼくん?」
返事がないので恐る恐る視線を上げると、彼は目を丸くさせてぽかんとこちらを見ていた。けれども、私と視線が合うと、いつものように満足そうに口元を上げて笑う。
「当然!!」
2023.01.28