「では、放課後デートと洒落込みましょう!」
そう言って彼が扇を開く。
反対する間もなかった。ぐいと手を引かれ、そのまま校門を出て、繁華街へ。『待って』と制止するどころか、『えっ?』と疑問の声を上げる暇もなかった。
私はただの友達だから“デート”じゃないとか、今日はまっすぐ帰って家でごろごろする予定だったとか、ゼゼくんと一緒に入るお店なんて想像つかないとか、色々言いたいことはあったはずなのに。
「ゼゼくん、まずいって……!」
思いっきり腕引くと、やっと彼は止まってくれた。
こんなド派手な格好のゼゼくんと放課後出掛けたら、勘違いされて、次の日には悪魔学校中の噂になってしまうじゃないか。この際私があれこれ言われるのは構わない。けれどもゼゼくんのモデビルの仕事に影響があったら困る。写真が出回ったりしても私には責任が取れない。
焦って彼の腕を掴んで引き止めると、ゼゼくんが悠然とこちらを振り返る。
「何がまずいので?」
そう言う彼は、いつの間にか認識阻害眼鏡をかけていた。眼鏡も似合っていて格好良い。さすがモデビル。すっと通った鼻筋に、レンズにくっついてしまいそうなほど長い睫毛。眼鏡越しでも失われないきらめき。赤い瞳がまっすぐにこちらを見つめている。
「いえ、何でもないデス……」
これで彼を引き止める口実を失ってしまった。うきうきと楽しそうに歩く彼の後ろをついて歩く。
「どこ行くの?」
「どこか行きたいところは?」
「んー」
行きたいところを考えてみたけれど、全然思い付かない。つい隣を歩くゼゼくんの横顔を盗み見てしまう。
この姿が見えているのは私だけなのだ。そう思うと、何だかいけないことをしているような気持ちになる。いけないけれど、とってもドキドキする。ゼゼくんの眼鏡姿から目を離せずにいると、彼の視線がこちらへ向いた。そうして彼は綺麗ににっこりと微笑んでみせる。
「俺に見惚れましたか?」
ぶわっと一気に頬が熱くなる。眼鏡の奥で彼の目が細められている。その赤い瞳に、さらに背中がぞくっとした。やさしくて甘くて、見るものをどろどろに溶かすような瞳がじっとこちらを見つめていて、それがさらに私の心を落ち着かなくさせる。
「ア、アイス食べよ! アイス! 夏と言えばアイス! 放課後の買い食いと言えばアイスだよ!!」
話題を変えるように明るく言って、今度は自分が前を歩く。ゼゼくんの手を引いて、アイス屋の方へ連れて行く。今日は特別暑いから、ダブルのアイスが食べたい気分。ゼゼくんにアイスの組み合わせも絵画のように良く似合うではないか。
「なるほど、良い案ですね」
そう言ってゼゼくんが楽しそうに笑う。何だかそれがさらにくすぐったくて、私は彼の方を振り返らないまま、ずんずん歩いていった。
2022.08.21