ゼゼくんのファンが軽い気持ちで「好き」と言えるのに嫉妬する。出来ることなら私もそういうふうに言葉を口にしたい。言わない重い想いより、言って形にした方が良いに決まっている。彼にとっても、そのはずなのだ。言わない言葉よりも、言って腹の膨れる言葉。
 だから、私も今日から生まれ変わって、彼に想いを伝えようと思っていたのだけれど。

「ゼゼくん、す、す――」

 今の私は口を窄めた形のままきっと変な顔をしているに違いない。早く言い切った方が良いと分かっているのに、頭の中がぐちゃぐちゃになって何も考えられなくなる。
 せっかくゼゼくんを中庭に呼び出してふたりきりになれたというのに。
 視線をさまよわせていると、ふと足元に咲く花が目に止まった。

「す……スミレが咲いてるよ! ほら、きれい!」
「本当ですね。貴女によく似合っています」

 私の不自然な逸らし方をした会話にも、彼は普通についてきてくれる。しかも、さりげなく私を褒めてくれている。何て会話上手なのだろう。
 パッとしゃがみ込んだ私の隣に彼もしゃがんで、私と目線を合わせる。ただそのことに心臓が飛び出そうなほどドキドキする。
 ゼゼくんの赤い瞳に私だけが映っていて、言うのなら今だと思った。

「あのね、す……」

 彼が私の言葉を待って、先を促すように首を傾げる。ただそれだけのことなのに、まるで絵画のように美しい。格好良い。

「スイーツ食べたいよねぇ!」
「では、食堂へ行きましょう」

 雰囲気をぶち壊す私の大きな声にも、ゼゼくんはにっこりと微笑んで応えてくれる。いつもはもう少しテンションが高いように思うのだけれど、多分今日は緊張している私に合わせてくれている。なんてやさしい。さらに、彼が私をエスコートするように、するりと自然な仕草で手を取る。そしてそれを軽く引いて食堂の方へ歩き出してしまう。

「ま、待って!」

 今食堂に行くのはまずい。人が沢山いる時間だ。そんなところで好きと言う勇気はまだない。ふたりきりでいられる場所にゼゼくんを繋ぎ止めるか、それか今すぐさっさと言ってしまうか、私にはそれしか道が残されていなかった。
 ――いや、これ以上引き伸ばさずに言うのだ! たった二文字ではないか!

「ゼゼく――んんっ!」

 そう意気込んで彼の名前を呼んだのに、彼の手で口が塞がれてそれ以上話せなくなる。ゼゼくんの指、細い。長い。言いたかったはずの言葉が頭の中でバラバラに解けていく。

「無理はいけません、レディ」

 そう言って彼が反対の手の人差し指を立てて自分の唇に当てる。しーっと、彼が私に静かにするよう合図する。私は彼のその仕草にくらくらしながらも、きちんと唇を弾き結んで抵抗をやめた。私が大人しくなったのを確認して、彼が満足そうに目を細める。不意に彼の口がぱかりと開く。

「好き」

 ついに心臓が止まってしまったと思った。私がいくら頑張っても出来なかった形に彼の唇が動いて、そこから発せられた音が私の鼓膜を揺らす。

「――という言葉を伝えるのは、貴女の無理のないタイミングが一番美味しいのです」

 それだけ告げて、彼は私の口を押さえていた手を外した。もう自由に喋れるし、大きく息を吸い込むことも出来たはずなのに、私はまるで石にでもなってしまったかのように動けなくなってしまった。

2022.08.10