「先輩っ!」
私を呼ぶ一際大きな声。振り返ると派手な色の制服。
「また二年生塔まで来たの?」
「もちろん」
何がもちろんなのか分からないけれど、彼は満足そうに言う。一年生が何の用だと、クラスメイトが振り返って見ているのが分かる。しかも相手はあの“ゼゼ”だ。振り返りたくなる気持ちも分かる。
「今日の愛の言葉をもらっていませんので!」
何故か彼は毎日私に愛の言葉をねだってくる。食堂や廊下で偶然会ったときはもちろん、会わなかったときはこうして二年生塔の私の教室までわざわざやってきたりする。本当に毎日毎日、飽きもせず。
「あーはいはい、好き好き」
適当に返事を返す。以前、級友にもう少しきちんと相手をしてあげたらどうかと言われたこともあるが、相手をしてあげているだけマシだと思う。
それに彼は私の心のこもらない言葉でも十分満足しているように見えた。
「先輩……!」
「うんうん、愛してるよー」
彼の期待のこもった声に、私はさらに“愛の言葉”を口にする。
次の授業はなんだったか。その前に植物塔に寄らなきゃいけないから、急がなくては。スージー先生のところに預けている魔植物の様子を少し確認しておきたい。
私が足早に廊下を歩くのを、彼がぴったりと横をついてくる。このまま植物塔までついてくるつもりだろうか。彼にだって次の授業があるだろうに。
「もういいでしょ?」
「いいえ、まだ足りません!」
そう言って彼が私の正面に回り、右手を取る。
今日の彼はいつもより少ししつこかった。なんて強欲な悪魔だろう。だって彼はわざわざねだらなくても、もう十分すぎるほどファンから愛をもらっているはずなのだ。
思えば、彼の要求は少しずつ増えている気がする。最初は私がたまにぽろりと零した言葉で満足していた彼が、いつの日からか会う度に愛の言葉をねだられ、さらに日が経つと自ら会いにくるようになった。
考え事をしていると、不意にずいっと彼が顔を近付ける。もう彼しか見えなくなる。
「さあ! 思う存分、愛を囁いてください!」
そこまでするなんて。
「もしかして」
私の方からも顔を近付ける。もう彼とは十センチくらいしか距離がない。
「私のことが大好きなのかな? 可愛いね?」
ふっと小さく息を吐きながら言う。少しからかうだけのつもりだった。彼は愛を受け取るのが当たり前の家系だから、“愛の言葉”がほしいだけで、彼自身が相手をどう思っているのかは関係ないのだ。そう思っていたのに。
「……っ!」
彼の頬がぽっと赤く染まる。それは今まで見てきた彼のどの表情とも違った。
「えっ?」
予想外の反応にこちらが焦ってしまった。
「……先輩はずるいひとだ」
そう言って彼が扇で顔を半分隠し、こちらへ視線を向ける。すると、今まで気が付かなかったのが不思議なほどの熱い瞳がそこにあった。
2022.06.30