近道をしようとして裏庭を真っ直ぐ突っ切っていると、視界の端に、ベンチに腰掛けたクラスメイトの姿が映った。

「ゼゼくんどうしたの? 具合悪い?」

 珍しく足を広げてベンチに座っている。いつも足を揃えて姿勢良く立ち、もちろん座るときも上品に座る彼が、こんな大股開きで肘を太ももにつけて項垂れているところなんて、今まで見たことがなかった。

「レディ……」

 そう言って上を向いた彼の顔色はいつもの輝きが全くなかった。モデビルとしてこれは死活問題なのではないかと思えるほどだ。まるで寝不足のときの顔みたいに。でも、プロのモデビルである彼がついうっかり夜中まで漫画を読み過ぎてしまったとかはないだろうし。
 彼は私の顔を一瞬見たあと、「はぁ」と深くため息を吐いて、再び俯いて顔を隠してしまった。

「大丈夫!? お腹空いた? 声援送ろうか? ゼゼくん、す――」
「結構です」

 私の声を遮って放たれた意外な言葉に、私は思わず目を丸くさせてしまった。あのゼゼくんが声援を断るなんて。食欲がなくなるほど具合が悪いのだろうか。いつもならお腹が空いていないときでも声援を求めてくるのに。
 慌てて彼のそばに膝をつく。まだ彼は顔を上げない。

「いつものゼゼくんと違う……。そんなに調子が悪いの……?」

 誰のせいで、と小さく彼が呟く声が聞こえた。もしかして、私と喋っているせいでますます具合が悪くなってしまったのだろうか。
 ひどく具合が悪いのなら医務室に連れて行った方がいいのだろうか。でも無理に移動させて余計気分が悪くなったりしてもいけないし。やはり最善の方法は魔力を与えることのように思えた。

「ちょっとでも食べれば良くなるかもしれないよ? あっ、お手紙書こうか? これなら自分のペースで食べられるし」

 胸ポケットの中に手帳とペンがある。それを取り出そうとすると、手首を掴んで止められた。

「そう軽々しく愛の言葉を言わないでください」

 いつも愛の言葉を強請ってくるのは誰だ。好きと言ってほしいと無理矢理言わせてくる日もあるくせに。

「放っておいてください」

 彼らしくないきつい声だった。あんなに人に構われてキャーキャー言われるのが好きなひとなのに、放っておいてほしいだなんて。
 具合が悪いときはひとと話しているだけでも体力を奪われる。ここは彼の言葉に素直に従ってそっとしておいてあげた方がいいのかもしれない。それは分かっている、けど。

「でも、そんなの出来ないよ」

 これでもクラスメイトとして仲良くやってきたつもりなのだ。ゼゼくんが元気ないのならどうにかして力になってあげたい。
 きっと魔力が少しでも回復すれば気分も上向きになるし、楽になるはず――

「ゼゼくん、好きだよ……?」

 初めて彼に強請られずに口にした言葉は、随分と遠慮がちになってしまった。それでも彼の耳にはきちんと届いたようで、私の言葉に、彼がぱっと顔を上げる。

「〜〜っ!」

 顔を上げた彼の頬が、ぶわっと薔薇色に染まる。いや、血色が良いなんてもんじゃない。りんごのように耳まで真っ赤になっている。まるでひどく照れているかのように。キッとこちらを責めるように向けられた瞳はかすかに潤んでいた。

「……えっ、えっ!?」

 見たことのない表情だった。こんな表情、雑誌で見たこともなければ、入学式から今日までの学校生活でも一度も目にしたことがない。

「どうして貴女は〜〜っ!」

 彼の手のひらが私の手首を掴む。彼の顔が真正面かつひどく近くにある。その瞳を見つめ返していると、彼の熱が映ってしまったみたいに、私の顔まで熱くなっていくのが分かった。

2022.06.22