「ぎゃー! 追いかけて来ないで!!」
「そんなこと言わずに! さぁ、ギブミー“アイラブユー”!!」
「言えるか!」

 私は今、クラスメイトのゼゼくんから全力で逃げていた。彼は人気の新鋭モデビル、さらにはあの試験の二十六名に選ばれた有能な生徒だ。それなのに、何故だか彼は私を追い回し、“好き”という言葉を強要してくる。
 一年塔を全速力で駆けていても、一年の生徒たちは『またか』という目で一瞥したあとは気にも留めず歩いていく。もしくは、ゼゼくんの美貌にうっとりと見惚れる女生徒のどちらかだ。

「黄色い声援ならいつも女子生徒からもらってるでしょー!?」

 人通りの多い廊下を抜けたところで、後ろに向かって叫んでみる。どうにか諦めてくれないかという願いを込めて。
 本当に、びっくりするほど彼は人気なのだ。ひとつ上の学年にいるアスモデウス先輩も人気があると聞くけれども、彼の人気はそれ以上のように思えた。モデビルとして活躍していて、彼の人気は悪魔学校内に止まらないし。彼は声援を喜んで受けてくれるから、女生徒も気持ち良く騒ぐことが出来るし。

「それは事実ですが」

 それだけ人気を集めてもまだ足りないという彼はなかなかに強欲だと思う。風の噂で、彼が人気を求めるのには何やら理由があると聞いたことがある。興味もないのでそれ以上詳しいことは知らないけれど。

「美しい花たちからの声援が嬉しくとも、それはそれ、これはこれ」

 そんなふうにしれっと言う。いつの間にか私たちの距離は縮まっていて、走るのをやめた私の目の前にゼゼくんが立っている。全智全能と書かれた扇の向こうで、観察するような目でじっとこちらを見下ろしている。
 その赤い目を見つめ返すと、何だかそわそわと落ち着かなかった。

「どうしてそんなに私からの言葉がほしいのよ!?」

 走ったせいで乱れた息を整えながら言う。
 きっと珍しいのだろう。言葉をもらえないからほしがっている。手に入らないものほどほしがるのは悪魔によくあることだ。彼がそう言ってきたら私は言ってやるのだ。そんな興味本位のやつにくれてやるほど私の“好き”は安くないのだ、と。

「好きだからですよ」

 その言葉に視線を上げると、彼と目が合う。いつの間にか辿り着いた校舎の端っこはひとがほとんど通らず、ゼゼくんの肩越しに長い廊下の向こうまで見通せた。
 パチリとゼゼくんが扇子を閉じる。その音がやけに高く響いた。

「俺が貴女を好きになったからです」

 あんぐりと口を開けたまま、ぱちぱちと瞬きを繰り返していると、ゼゼくんがふっと目を細める。それがあまりにも綺麗な微笑みだったものだから、思わず目を奪われてしまった。

「お分かりになりましたか?」

2022.04.29