私は飛行の授業が嫌いだ。

 入学早々の飛行レース試験は最悪の気分だった。幸い、この悪魔学校では“飛行”レースといっても必ずしも自分の羽で飛ぶ速さを競う必要はなく、知恵や運、その他諸々の力で他の方法でもゴールに辿り着けばそれで試験合格になるので何とかなった。この悪魔学校がそういう実力主義の教育方針で助かった。
 とにかく私は飛ぶことに関してはからっきしで、飛行関係の試験はとにかく他の魔術で補った。しかし、それでも限界は来るもので。他の生徒は登校時も飛んで来るほど悪魔にとって“飛ぶこと”は当たり前のことなのだ。少しは飛べるようにならなくてはと、密かに特訓を始めたは良いものの。

「わっ!」

 悪魔学校の誰も通らないような端の端で、ひとりで練習していたのが悪かった。突風が吹いて完全に体のバランスが崩れた。魔術も間に合わない。
 ――落ちる。
 地面に叩きつけられるのを覚悟して目を瞑ったけれども、その衝撃は待ってもやってこなかった。

「空から女史が降ってきた」

 その声に目を開けると、美形の顔がこちらを覗き込んでいた。

「サブノックくん……!」
「大丈夫か?」

 そう言いながら、未だ混乱しきりの私を降ろす。両足がぴったり地面に着いたことに安堵する。
 どうやらちょうど落下地点にいた彼に受け止めてもらったらしい。そこまで高度を上げていなかったからか、大きな体で軽々とキャッチ出来たのだろう。彼の太い腕を見ながら思う。

「大丈夫です、ありがとうございました」
「こんなところで何をしていた?」

 じっと瞳を覗き込まれる。そこには純粋な疑問しかなかった。空から悪魔が降ってくればそれは驚くだろう。疑問に思うのも当然だ。普通悪魔は空から降ってこない。
 助けてもらった恩のあるひとに嘘を付くのは、恩を仇で返すようで嫌だった。

「飛ぶ、練習を……」

 どうせ落ちた時点で彼にはきっとバレている。

「私、飛ぶのが苦手だから……」

 ――きっと馬鹿にされる。それでも悪魔なのか、と。
 次に来るであろう笑い声を覚悟してきゅっと目を瞑る。けれども、どんなに待っても嘲笑は降ってこなかった。

「ヌシは努力家だな」

 代わりに大きくてあたたかい手のひらが頭の上に乗せられる。眩しいものを見るかのように目を細める彼の表情はどこまでもやわらかい。――そのことに目の奥がつんと熱くなった。

「よし、己がここで見ていよう。それで、もしまた落ちるようなことがあったら受け止める」

 トンと彼が胸を叩く。
 一瞬、何を言われているのか分からなくて、ただ目を丸くさせて彼の顔を見つめることしか出来なかった。

「安心しろ」

 そう言って彼がニカッと笑う。その笑顔に、思わず目が眩んだ。

2021.12.04