私は初めて彼の姿を目にしたあのとき、彼にすっかり魅了されてしまったのだ。


 今日も私はロノウェ先輩の行く道に薔薇を撒く。
 そしてそれを片付けるのも私の仕事だ。私の魔術で出した花なので、消すのもちょっと念じるだけで良い。
 風紀委員会から今は生徒会にまでついてきたが、彼が私を認識しているかどうかは分からない。生徒会の皆さんは普通に接してくださるから決して影が薄いわけではないのだろうけれど、派手なロノウェ先輩に比べると私は平々凡々、彼の気に止まらなくても仕方なかった。
 彼は美しいものが好きだから。
 ロノウェ先輩が例え私を顧みなかったとしても仕方ないのだ、と。

「分かった、今日の見回りはお前に任せよう」

 事務作業にすっかり飽きたロノウェ先輩は当番を変更しろとアメリ会長に詰め寄っているところだった。
 私はそれを眺めながら無心で書類にハンコを押していた。時折不備のある書類を弾く。こういう事務作業は案外私に合っていたらしい。
 ロノウェ先輩とアメリ会長の並んでいる姿は絵になるほど美しい。
 自分の要求が通ったからかロノウェ先輩はほとんどスキップするようにして扉へ向かっていく。このまま仕事が終われば各自解散だろうからもう今日はロノウェ先輩の姿を見ることはないだろう。それをほんの少しさびしく思っていると、扉の前でロノウェ先輩が振り返り、ばちりと目が合った。

「ほら、早くキミも支度をしたまえ!」
「えっ、私も、ですか?」
「ロノウェとキミはセットだろう!」

 先輩がビシリと指を私に向ける。
 正確には“私”ではなく、私の撒く薔薇のことなのだろう。
 それでも先輩が振り返って私を待ってくれたことが嬉しくて、じわりと目の当たりが熱くなる。
 動かない私に焦れたのだろう、先輩は「もう先に行ってるロノウェ!」と言って先に行ってしまう。それでも私は彼の後ろ姿を眺めるだけで、足を動かすことが出来なかった。

「行かないのか?」
「……ロノウェ先輩は、きっと私のことを覚えていないだろうと思っていました」

 アメリ会長の問いかけについぽろりと本音を零してしまった。
 きっとその辺の石ころと同じように思っているのだと思っていた。良くて、よく見る石ころだな、ぐらいだと。
 これまで風紀委員会にいたときも、生徒会にやってきてからも個人的に話しかけられたことはなかった。そもそも先輩は人の名前を正しく覚えないような人だったから。

「奴は終始あんな感じだが、馬鹿ではないぞ」
「はい……」

 バンと派手な音とともに扉が開いたかと思うと、ロノウェ先輩が戻ってきた。何か忘れ物でもしたのだろうかと思っていると、彼が私の前に立つ。見上げると彼のきらきらとした美しい瞳と目が合った。

「行くぞ!」

 そう言って彼が私の手を引く。強い力にバランスを崩しそうになると絶妙なタイミングでまた手が引かれ、次の一歩が出た。

「はい、ロノウェ先輩!」

 彼は強引だ。それでも私はこの人に惹きつけられて、どうやっても離れられなかった。
 そうして今日も私はロノウェ先輩の行く道に薔薇を撒くのだ。
 

2020.11.07