「おばさーん、お裾分け持ってきたー」

 いつものように隣に住む一家にお裾分けの品を渡してすぐに帰って遊びに出掛けるつもりだった。

「はいはーい!」
「なぁんだ、リードいたの」

 普段通りおばさんが出てくると思ったのに、奥から姿を現したのは幼馴染のリードだった。いつもはどこかへ遊びに出掛けているか、いても部屋でゲームして出てこないのに。
 期待しなかったわけじゃないけど、きっと今日も会えないだろうと思っていた。慌てて自分の姿を確認する。お出掛け用の服ではないけれども、だるだるのTシャツとショーパンでもない。お隣さんへ届け物するのにおかしくないくらいの普段着のワンピースを着てきたことに安堵した。

 それを態度に出さないようにわざとそっけない声を出せば、今日のリードはなぜだかムッとした表情を見せた。

「そんな態度取るの君だけだよ!? 僕、今モテモテなんだから!」

 突然のリードの言葉に思わず目を丸くさせてしまった。

「え? リードがモテる……?」
「そう! 僕モテてるの!」
「夢でも見てるんじゃない?」

 リードがモテるところなんてこれまで見たことない。やけにリードはモテたいモテたい言うけれども。
 私に言わせれば、こっちの好意に気付かない鈍感がモテるわけないと思う。

「夢なんかじゃない! ほら僕、問題児クラスだし、若王だし!」
「あぶのーまるくらす……じゃくおう……」
「それくらい覚えてるよね!?」
「失礼ね。さすがにそれくらい覚えてるわよ」

 問題児クラスが悪魔学校の皆から見直されたときや、収穫祭でリードが若王になったときは私も自分のことのように嬉しかった。

「そんな、ありえない……」
「そこまで言わなくても良くない!?」

 でも、同じ問題児クラスで若王でも理事長の孫のイルマの方が目立っているし、それに付き従うアスモデウスの方が女子の視線を掻っ攫っているし。
 それに、そんなライバルが出現したのなら私だってさすがに気付く。

「君だって僕のことちょっとは格好良いな〜とか思ったりしたでしょ?」
「なに言ってんだか」

 本当はちょっとどころじゃない。問題児クラスに入る前から、若王になる前から、ずっとずっとリードのことを格好良いと思ってたのだから。ずっとずっと好きだったのだから。
 リードの一番近くにいるのは私だし、それは今でも変わっていないと思っていたけれど。

「……でも、私の知らない誰かともう付き合ってたりとか、ないよね?」

 そんな様子は微塵も感じられなかったけれど念のため尋ねてみる。いつも彼を見ている私が気が付かないはずがないんだけど、それでも万が一、私の知らないところで何かあったらどうしよう。私の知らないところで沢山のかわいい女の子から迫られてたりしたら――

 じっとリードの顔を見つめて答えを待っていると、彼は視線を逸らして何かを堪えるように眉間に皺を寄せた。

「まぁ、付き合うとかは、まだだけど?」

 こちらを振り返って言うリードの顔はこれまでにないくらいゆるみきっていた。その何だか余裕にも見える表情に私はますます焦った。
 まだだけど、何だ。

「これって脈アリ……?」
「……!? どういうこと! ちょっと黙ってないで吐きなさいよ!」
「わわ、そんなに揺すらないで……!」

 焦りでどんどん思考力を失っていく私とは対照的に、彼はさらに上機嫌でへにゃへにゃと頬をゆるめて笑っているのだった。
 

2021.08.22