「ちょっと待ったぁ!!」
「むぐっ!?」

 廊下を歩いていると突然後ろから羽交い締めにされ、さらには口を塞がれた。助けを呼ぼうと思ったけれど生憎人通りの少ない廊下で、誰も私が襲われているのに気が付いていない。やはり自分の身は自分で守るしかないのだと渾身の力で暴れると、ちょうど腕が相手の顔にヒットしたようで押さえる力が緩んだ。

「イタッ!」
「何するのよ、ヘンタイ!――ってリード!?」

 さらなる追撃を食らわそうと振り返ると、そこにあったのは幼馴染みが顔を押さえて蹲る姿だった。
 じゃれついてきただけか、と踵を返して歩き出そうとすると、リードが今度は足にしがみ付いてきた。

「待った!!」
「何よ!? 一体何の用なのよ!」

 顔面ヒットを食らって懲りたかと思ったのに、今日の彼はしつこい。いつものおふざけなら今ので終わるタイミングだったのに。
 立ち上がった彼はズボンのホコリを払うのも忘れてこちらへ詰め寄った。

「だって今告白するつもりだったでしょ!?」
「……は?」

 間抜けな声が出た。
 今リードは何と言った? 告白?

「告白って、誰が、誰に?」

 予想外の言葉に若干ぽかんとしながら尋ねると、彼はキッと眉を釣り上げてこちらへ詰め寄ってきた。

「団長の後追ってたじゃん!」
「団長ぉ?」

 確かにうちの師団団長が前を歩いているなとは思った。でも決して追っていたわけではない。そもそも私の歩くスピードは決して速くなく、追いつくつもりならもう少し早足なり走るなりするだろう。現に団長はこちらに気付かず、とっくに姿が見えなくなっている。

「どうして私が団長に告白しなきゃいけないのよ」
「……」

 うちの団長は天才的発想を持っていて魔力も高くて仲間思いだけれども、だからと言ってどうして告白なんかしなくちゃいけないのか。先輩として尊敬はしているけれども、男として見たこともない。
 リードの答えを待って彼の目を見つめ返すと、彼は何故だか固まってダラダラ汗を流し始めた。

「え〜っと、僕はこれで……」
「ちょっと待ちなさい!」

 そろりとこの場から逃げ出そうとするリードに今度は私が待ったをかける番だった。ガッと首根っこを掴むと襟が締まったようで「うがっ!」という声が聞こえた。けれども手を緩めてやるつもりなんてこれっぽちもない。

「私が団長に告白するのをどうしてリードが止めようとするわけ?」

 彼は私の顔を見て頬を赤くしたかと思えば、青くなったり忙しい。こうやって表情がころころ変わるリードは見ていて楽しいが、今はそれどころではないのだ。

「それはー……」
「それは?」

 焦れそうになるのを必死で我慢して彼の言葉を待つ。ドキドキと心臓がうるさい。もうちょっと、あとちょっとで私が長年待ち望んでいた言葉が聞ける――

「その〜……」

 もう少しというところで、ひょいとリードの目線が右上に移動する。この後に及んで誤魔化そうとしているらしい。本当に往生際の悪いやつ!

 でもこれは私にとっても大切なことで、今日こそは絶対に絶対に逃してなんかやらないんだから。
 

2020.10.22