「愛していますよ」

 もし夢でないとしたら、その声ははっきりと私の耳に届いた。
 頬に触れるオペラ先輩の指先の熱も、今にも張り裂けそうなほどバクバクと鳴る私の心臓の鼓動も、全部ちゃんとリアルな感覚がある。多分、これは夢じゃない。

「……」
「聞いていますか? ついに頭以外も壊れたんですか?」

 そう言ってオペラ先輩が私の頭をペシペシ叩く。痛くはないけれど、髪型が崩れるから出来ればやめてほしい。先輩がこういった頼みを聞き入れてくれたことはないけど。

「……ハッ! もしかして聞き間違え?」

 それなら納得出来る。きっと『アイス食べたいですね』とか『アイアイサー!』とかなんか別の言葉を言ったに違いない。じゃなきゃ突然なんの脈絡もなくオペラ先輩が私に愛を告げるなんてそんなことあるわけ――

「キミが聞き間違えということにしたいのならそうしますか」
「ぎゃー! 待って! 待ってください!!」

 臍を曲げて去ろうとするオペラ先輩の腕を掴んで引き止める。てっきり呆れられてるかと思ったけれど、振り向いた先輩の顔は意外にもやさしかった。
 揶揄われているわけでもないらしい。本当に珍しいことだけれど、オペラ先輩でもそういう気持ちになることがあるらしい。
 そうだ、私は先輩とお付き合いしているのだから、そういう甘い言葉を言われたって何にもおかしくないはずなのだ。以前頼んだときは土下座しても言ってくれなかったけど。オペラ先輩は本当に気分屋だ。それに毎回ドキドキして、振り回されて。でもそれが心地良いだなんて、きっと私の方も大概どうかしている。

「あの! 録音したいのでもう一回言ってもらってもいいですか?」

 携帯を片手にズイと先輩に寄ると、先輩は表情を変えないまま、ぱちくりと瞬きをした。そうしてたっぷり五秒は固まったあとに「はぁ〜〜」と大きな溜め息を吐いた。ここ最近聞いたことのないほど大きな溜め息だった。

「どこで育て方を間違えたのやら……」

 オペラ先輩は私の親じゃないでしょうと言いかけて、私は先輩に育てられたと言えないこともないなと思い直した。先輩から影響を受けていることはきっとものすごく沢山ある。先輩に出会ってから私は作り変えられてしまった。

「そんなことより先にキミには言うべきことがあるでしょう?」

 先輩へ向けてマイクのように突きつけた手をそっと握られ、下される。先を促すように先輩の赤い瞳がこちらを覗き込んでいる。

「えっと、それは、その……」
「はい」
「私も、あい、愛――」

 やっぱり恥ずかしい、逃げたいと思うのに、先輩の後ろで楽しそうにゆらゆらと揺れる尻尾を見ているとそれも出来ない。ぎゅっと目を瞑ると、そんな私の心情もお見通しと言わんばかりに、額にちゅっと小さなキスが落とされた。

2020.07.04