「これからもずっと大切にします」

 ふわりと背中があたたかな感覚に包まれた。耳元でオペラ先輩の声がする。今まで聞いたこともないような、やさしく、それでいてどこか切ない声だった。

 自分がオペラ先輩に後ろから抱きしめられているのだと気が付いたのはたっぷり数秒経ったあとだった。

「……オペラ先輩が私のこと大切にしてくれたことってありましたっけ?」
「ひどい言い草ですね」

 購買へパシる、面倒ごとを押し付ける、こちらの都合はお構いなしに現れてあちこち連れ回す……今思い返しても先輩が私を大切にしているところなんて覚えがない。こうして無駄に構ってくるあたり気に入られてはいるのだろうけれど、それは面白いおもちゃとしてだと思っていた。

「こんなに可愛がってるというのに」
「ちょっ、締まってる! ギブ! ギブ!!」

 パシパシと首に回る腕を叩くと意外にもあっさり緩められた。
 先輩に後ろから抱きしめられてもときめかなかったのはこれが原因か。変に覚えがあると思ったのだ。こんなことばかりやってるから本気にされないということにオペラ先輩もそろそろ気が付いてほしい。
 そこまで考えて、はたと気が付いた。もし本気だとしたら何なんだ? オペラ先輩の言葉の意味は? まるで、長年付き合った彼女にプロポーズするかのような――

「で、どうなんです? 答えは」

 あごを掴んで振り向かされる。思ったよりもオペラ先輩の顔が近くて、驚いて顔を後ろに逸らそうとしたけれどがっちり掴まれていて、それも出来なかった。

「本気のやつなんですか?」
「冗談で言うと思いますか」

 思うから困っているのに。先輩に冗談のつもりはないとしても紛らわしい態度や言葉に振り回されたのは一度や二度ではない。

「だって相手がオペラ先輩ですよ!? 慎重にもなりますって!」

 だって、これでもし冗談だったり、私の勘違いだったりしたらもう立ち直れない。一度期待してしまってからやっぱり違いましたなんて、そんなの堪えられるわけがない。
 そもそもオペラ先輩は私の恋人ではないし、それをすっ飛ばしてプロポーズなんて――この人ならやりかねないけど――到底信じられるものではないのだ。

 すぐ目の前にオペラ先輩の顔がある。視線を合わせれば、先輩のやけに真っ直ぐな瞳が見つめ返してきて落ち着かない。いつものように表情の読みにくい顔をしているのに、なんだかやっぱり今日の先輩はいつもと少し違うような気がする。

「ほら、早く」
「〜〜っ!」

 さらに顔を近付けられては、物を考えるどころではなくなってしまう。ひどく顔が熱くて、頬に触れる先輩の手はやさしいのに少しも動けなくなる。

「た、大切にされてあげてもいいですけど!?」
「……素直じゃないですねぇ」

 そう言ってオペラ先輩が短く息を吐くように笑う音が聞こえた。

2020.10.16