魔術研究のために必要な材料を買いに行くと伝えるとカルエゴ先生は珍しく「私も行こう」と言った。

 彼も何かほしいものがあるのかと思って聞いてみると別にないと言う。私を監督するのが目的らしい。買うのは特段珍しい材料でもないし、もちろん怪しい店になんか行くはずがないのに、それでもついてくると言う。

「あの、次はあっちの通りのお店に行きます……」

 二軒目のお店を出たあと、右の通りを指差して告げる。彼はこちらに軽く視線を落としたあと、小さく顎を引いた。

 次に行くお店は今いる通りよりも少し落ち着いた小さな商店が並ぶ通りにある。人混みも少しだけマシで歩きやすい。相変わらず彼は私の少し後ろを歩いていて。支払いを済ませたあとの商品はすぐに彼の手に取り上げられてしまっている。
 でも、彼と共に外を歩いているというだけで私の心を浮つかせるのには十分だった。こんなのはまるで、まるで――

「デートみたい」

 小さく呟いた言葉は誰にも聞こえないはずだった。それなのに、顔を上げると後ろを歩いていたはずの彼がいつの間にか私の隣にいて。ひどく驚いたような顔でこちらを見ていた。
 聞かれてしまったのだと理解した瞬間、ぶわっと汗が一気に噴き出た。

「ち、ちがうんです! そういうのじゃなくて、あの、その……」
「はっきり言え」

 言葉は鋭く聞こえても、彼は私の思いを聞いてくれようとしているのは分かっていた。
 そもそも厳密に言えば私と彼は付き合っていないのだから一緒に出掛けたとしてもデートと呼べないのかもしれない。
 でも、付き合っていなくても、お互いの想いを確かめ合ってしまったら、さらにそれ以上を望んでしまうのが悪魔で。

「ちょっと思っただけなんです。先生とふたりきりで出掛けるのは初めてだから……」

 それが例えただの買い出しだとしても。浮かれてしまったのだ。どうしようもなく。――だから、彼にも特別だと感じてほしかっただけだった。

「これがデートなわけないだろう」

 彼が呆れたように溜め息混じりで言う。ズキリと痛んだ胸の奥には気付かないふりをした。
 隣を歩くわけでもない。手を繋ぐわけでもない。どこに行くのか一緒に相談したりもしない。これをデートと呼ぶには無理がある。分かりきっていたことに傷付くなと言い聞かせながら、私は両手を胸の前でぎゅっと握りしめた。

「そ、そうですよね……」

 上手く笑えただろうか。あんまり自信がなくてすぐに顔を伏せる。
 私よりもずっと長く生きている彼にとってはこんなの物の数に入らなくて当然だ。早く何でもないふりをして、早く買い物を済ませなくちゃ。そう思って顔を上げようとしたとき、頭の上に彼の手が置かれた。

「それはもっと後にとっておけ」

 くしゃりと彼の手が私の頭を撫でる。そういう風にやさしくするから、私の中にある彼に対する気持ちがどんどん大きくなってしまう。

 彼の言う『もっと後』になったとき、私はどこをどんな風に彼の隣を歩いているのだろうか。きっとそれも素晴らしいだろうけれど。でも、今は――

「私、一緒にいられるだけで十分です」

 彼は何だか苦い表情をしていたけれど、これは強がりでも何でもなくて。ずっとあなたと一緒にいられたらいいなと、心の底から思っているのだ。
 

2021.08.14