「何よ、あの陰湿教師ー! ムカツクー!」

 鼻息荒く裏庭までやってきたところで、鬱憤を吐き出す。大きな声を出すとそれだけで少しすっきりした。

「なぁにが『もう少し物を考えて発言したらどうだ』よ! こーんなに眉間に皺刻じゃってさ、そんなに怖い顔しなくったっていいじゃない!」

 私はこの春から特別講師として悪魔学校で働くこととなった。人に物を教えるのは楽しく、生徒たちも少しずつこちらを慕ってくれている。同僚となる悪魔学校の教師も皆気がいい人たちばかりだった――ただひとり、ナベリウス・カルエゴ卿を除いては。彼とは徹底的に反りが合わなかった。

「どういう育ち方をしたら『まさかご自身が“特別”などと勘違いしている訳ではないでしょうね?』なんて嫌味な言葉が出てくるわけ!?」

 こっちだって教える立場になるのは初めてだし、専門知識はあっても教育に関しては悪魔学校の教師陣の方が経験がある――というか自分がずぶの素人なのは分かっているから、色々教えを乞うて少しでも良い授業を作ろうとしているというのに。
 決して傲慢な態度を取っているわけではない。もしかしたら自分でも気付かないうちにということはあるかもしれないが、他の教師陣は愛想良く優しく私の面倒を見てくれるのだからそんなひどい態度を取っているわけではないと思いたい。
 確かに、私の教育係であるカルエゴ卿には他の教師の倍以上迷惑を掛けてしまっているかもしれないが。それでもひどい失敗などはしていないはずだ、まだ。カルエゴ卿から嫌味は言われても叱られたことはない、まだ。

「サリバン様直々のお願いでなければこっちだってあんな陰湿教師のいる職場なんて願い下げよ!」
「奇遇だな。それはこちらも同意見だ」
「げ!?」

 後ろから声を掛けられ、ギギギと軋む音が聞こえそうなくらいゆっくりと振り返る。そこには先程まで散々文句を言っていた相手が立っていた。

「カルエゴ、先生……」
「忘れ物だ」

 そう言って彼が一冊のノートを差し出す。見ると確かに私の授業ノートだった。こんな重要なものを置き忘れるなんて信じられなかった。

「今後、人の悪口を言うときはもっと周囲を気を配ることだな」
「わ――」

 反射的に『悪口じゃありません!』と反論しようとして途中で口を噤む。さすがにあれを悪口でないと言い張るのは少し無理がある。

「聞いていたのが私のような寛容な心を持つ悪魔で良かったな?」

 そう言って彼が意地悪く口角を上げる。
 私の手が忘れ物をしっかり受け取ったのを確認してから彼はもう用は済んだと言わんばかりに踵を返して去って行く。
「この陰湿教師〜〜っ!」

 後ろ姿のまだ見えるこの距離では多分彼に聞こえてしまっていただろうけれど、もうそんなのはどうでもいいのだ。どうせ彼だって私に意地悪を言っている自覚もあるだろうし。もうバレてしまったし。今さら取り繕わなくていいと思うと少し気が楽だ。

「ノート! ありがとうございました!!」

 背中にお礼の言葉を投げつける。どんなに腹の立つ相手だとしても、借りを作ったまま礼も言わないのでは信義に反する。
 それなのに彼は私の言葉に振り返ったり立ち止まることもなく完全にこちらを無視して去っていった。

 ――やっぱりナベリウス・カルエゴ卿とはとことん反りが合わない!

2021.03.23