「アメリ!」

 生徒会室の扉を開けて彼女の名前を呼べば、赤い髪が揺れてこちらを振り返る。クラスで一番仲の良い関係の彼女は、私を視界に収めるとパァと大輪が咲いたような笑顔を見せた。

「すまない、私としたことが急いでいたせいかうっかりしてしまってな。助かった」
「これくらいお安い御用よ」

 そう微笑んで、アメリにノートを手渡す。放課後になった途端、急なトラブルだとかで生徒会のひとに慌てて連れていかれた彼女は、机の上に一冊のノートを置いたままにしてしまっていた。それに気が付いた私はアメリに連絡をして、生徒会業務で忙しい彼女のため、こうして生徒会室まで届けに来たのだった。
 トラブルはもう解決したのか、生徒会の皆はそれぞれ机に向かって事務作業をしている。校内の見回りから、学校行事の運営や教師の手伝い、そしてこうして事務作業までこなす彼らには頭が上がらない。

「少し休憩にするか。今お茶を淹れるから待っていてくれ」
「アメリ、気にしないで! お邪魔にならないうちに帰るから……!」
「まぁまぁ」

 そう言ってスモークさんがなだめるように私の両肩に手を置く。くるりと私の体を反転させ、机に向かわせる。
 そんなつもりはなかったのに。生徒会室にやってきたのはアメリの忘れ物を届けるため。そして一目、彼の姿を見たいがためで――

「えっと、その……」
「どうせ、あと少しで休憩時間だったんだ。気にするな」
「はい……」

 ジョニーさんが眼鏡を押し上げながら言う。素気ない言葉だけれども、私を気遣ってくれるのが分かる言葉。外されていた視線が、ちらと一瞬だけこちらに向けられて、目が合う。その瞬間ドキリと一度大きく心臓が鳴った。
 ――片想いをしている相手にそう言われて、私はしゅるしゅると大人しくするしかなかった。

「ミルクいる?」
「あ、はい、お願いします」

 まるで軍隊のようにテキパキとお茶の準備が進められていく。私の手伝う隙が全くない。
 いつからか、私が生徒会室を訪れるとこうして彼らは私をもてなしてくれるようになった。忙しい生徒会メンバーに申し訳ない気持ちと同時に、彼らに受け入れられているようで嬉しくなる。

「あの、良かったらこれ、生徒会の皆さんで食べてください」
「クッキー? やったぁ!」

 そう言って鞄から小さな包みを取り出す。キッシュさんは私から受け取ったクッキーを掲げて嬉しそうにしている。

「ジョニーさんも、良かったら。お口に合うと良いのですが」
「ああ」

 一番渡したかった相手を前にして緊張で心臓がバクバクと鳴る。
 彼の手のひらの上にクッキーの包みを乗せようとして――指先がほんの少し彼の手に触れた。指先に甘いしびれが走る。思わず弾くように手を離してしまった。

「〜〜っ!」
「っと! 危ないな」

 彼は片手で眼鏡を直しながら言う。落下しかけたクッキーは彼に無事キャッチされていた。ほっと息を吐くも束の間、視線を上げた彼と至近距離で目が合って、顔がぼっと熱くなるのが分かった。
 先ほど彼に触れた指先が燃えるように熱い。それをぎゅっと胸の前で握りしめる。呼吸の仕方も忘れてしまったみたいだ。いつも、たまに目が合うだけでものすごくドキドキしていたのに、こんなに長い時間目を合わせていたら、もうどうにかなってしまいそうで――

「さぁ、楽しいお茶会だよ! ほら、先輩も彼女の隣に座って!」
「おい、押すな!」

 すぐ近くで聞こえた明るい声に、パッとジョニーさんとの距離をあけた。
 お茶の準備が終わったキッシュさんに肩を掴まれ、ふたりして椅子に押し込められる。椅子がテーブルの大きさの割にやけに近い位置に置かれていて落ち着かない。
 ふと隣を見ると、ちょうどジョニーさんもこちらに視線を向けていて、またぱちりと目が合う。こんなに目が合うなんて、私の視線に、そこに込められる想いに気付かれてしまうのではないかと、私はまた顔を赤くさせるのだった。

2022.06.18