彼が収穫祭の修行で大人のお店に出入りしていたことは分かっている。これは仕方ない。彼の師匠であるフルフル軍曹の考えなのだから。
 しかし、そこで大人のお姉さんに鼻の下を伸ばしていたというタレコミがあった。もちろん情報源はアロケルくんだ。確実な情報である。これは由々しき事態だった。

 襟ぐりが深く開いた服。胸を盛れる下着。短いスカート。細い腰とかわいいお尻は、即席ではどうしようもなかった。こちらは毎日の筋トレとかで追々どうにかしていくとして。
 アロケルくんからのタレコミを聞いたあと、私は作戦を立てた。名付けて“セクシー大作戦”だ。
 彼とのデートの日。私はいつもより大胆な服を着て待ち合わせ場所に立っていた。

「ねぇ、今日の私、どう?」

 いつもより大人っぽいメイクもしてみた。服も大人っぽいセクシーなものを買って用意した。彼の心を取り戻すため、そして少しでも彼の好みに近付くための努力だ。私とジャズは付き合っているけれども、飽きっぽい悪魔がいつまでもひとりのひとを思い続けるとは限らない。クラブ・ヴァルバラで会うお姉さんには遠く及ばずとも、何もしないよりはマシになってるはずだ。服屋の店員さんも褒めてくれたし。

「いや、どうって、言われても……」

 そう言って彼は困った顔をする。
 ……これはもしかして、違いに気付いていない? そんな、まさか。

「かわいいよ」

 褒めてはくれたが、彼の声は固くぎこちない。本当に分かっているのか、それとも分かってないけどシチュエーション的にこう言っておけば外れないだろうと思って言っているのか。
 心が全く込められていないことだけは分かった。

「それだけ?」

 不機嫌な声を隠さずに尋ねる。彼にぴったり寄り添うように立つ。距離が近付いたけれど、その分だけ彼はすっと身を引いて距離を保った。顔を覗いても顔を赤らめるどころか、私の視線から避けるように視線を背ける。

「ううん、ありがと」

 先ほどの褒め言葉に対するお礼だけを短く言う。
 多分、本物の大人の女性を見たあとでは、私の格好に対して何とも思えないのだろう。きっと子どもの遊びのように見えるに違いない。
 このままでは彼の心が離れてしまうかもしれない。でも、今日の作戦は失敗だ。一度出直して、ライム先生に本格的な指導を仰いだりする必要がある――

「早く行こ! 今日行く予定のカフェは季節のケーキがオススメで――」

 そう言って歩き出そうとしたときだった。彼に手を掴まれた。その予想以上に強い力に、驚いて振り返る。

「ごめん、やっぱ、正直言うとあんまり良くないかも」

 やっぱり背伸びしすぎて似合っていなかったのだ。ズキリと痛んだ胸を抑えようとしたところで、彼に掴まれたままだった手が引かれる。そのままポスリと彼の胸元に抱き寄せられた。

「えっ?」

 口から溢れでた言葉は彼のTシャツの胸元に吸い込まれる。

「俺以外の男に見せるのはやめて?」

 耳元で彼が囁く。その声が色っぽくて、背中がゾクリとする。道ゆくひとの目から隠すように彼が私を抱き締める力を強める。彼の言葉の意味が分かって、私はこくこくと頷くことしか出来なかった。

2022.11.20