「あの……ジャズくん……」

 私の呼びかけに彼は振り向かなかった。生徒が多く行き交う校門の前。沢山の喋り声に私の小さな声は呆気なく掻き消されてしまった。ジャズくんは悪くない。聞こえないと分かっているのに、それでも小さな声しか出せなかった私が悪いのだ。
 その間にもジャズくんはすたすたと歩いていってしまう。

「あの、待って、ジャズくん……!」

 もう私には跡がない。問題児クラスと一年生合同で行われる新しい昇級試験のニュースが悪魔学校中を駆け巡った日、本当はその日に言おうと思ってたいたのだ。新しい試験なんて大変に決まっているから、応援の言葉を掛けたかった。
 けれども、その勇気が出ないまま試験当日になってしまった。クラスメイトとのお喋りが盛り上がっていたり、何やら真剣な表情して考え込んでいたり、人混みの中で彼の後ろ姿を見失ってしまったり……。なかなかタイミングが合わなくて、ずるずると今日まで引き伸ばしてしまった。

「ジャズくん!」

 お腹に力を入れてもう一度彼の名前を呼ぶ。お願い、振り向いてと祈る。道ゆく生徒が何人か振り向いたから、きっと聞こえたはず。弾む息のままに、彼の方へ駆けた。
 ついに彼がぴたりと足を止めて振り返る。

「呼んだ?」

 笑顔でこちらを振り返る彼が眩しくて、目が眩みそうになった。

「おはよ」

 ジャズくんの方から挨拶してくれる。大人っぽく、クールなように見えて、優しくて面倒見が良いところが好きだ。

「おはよう……」

 ドキドキと胸の鼓動がうるさい。せっかく彼と話せているのに、か細い声しか出せなくなってしまった。あれほど何度も脳内でシミュレーションしてきたというのに。
 なかなか言い出せない私を、ジャズくんは何も言わず、嫌な顔もせずにゆっくり待っていてくれた。
 今言わなければ、いつ言う。最後のチャンスだ。私の言葉を待って、顔を覗き込む彼との距離の近さに、もう脳みそがキャパオーバー寸前だった。

「あの、心臓破り……」
「ん?」
「頑張ってね!」

 ようやく出てきた私の言葉に、ジャズくんが微かに目を丸くさせる。散々もったいぶって出てきた言葉がただの応援の一言だったから、拍子抜けさせてしまったかもしれない。もっと早く勇気を掻き集めて言えば良かったと後悔していると、ジャズくんが晴れの陽のようにニコっと笑った。

「おう!」

 たったそれだけで、私は試験前に一言伝えられて良かったな、なんて思ってしまうのだ。

2022.09.12