「さっすがー! ジャズくん頼りになる!」

 ぶわっと。その瞬間、彼の顔が真っ赤になった。
 驚いたように目を見開いて、一瞬の間に首まで赤くなっている。彼のそんな表情をこれまで見たことのなかった私は、目を丸くさせることしか出来なかった。
 朝の教室。他の問題児クラスの皆が登校してくるまでの短い時間。明るい部屋の中で、その頬の色は見間違えようがなかった。

「……」
「えっと、その、ジャズくん?」

 そんな照れるような言葉を言った記憶はない。話の流れで、宿題の最後の応用問題が解けなかったと話したらジャズくんが丁寧に解説してくれた。それで、お礼を伝えるのと一緒にいつものノリで褒めただけだ。美辞麗句を並べたわけでもない。位階も高く、面倒見の良い彼なら、言われ慣れた言葉であるはずなのに。
 彼はきゅっと口を引き結んで、かすかに汗も掻いていた。こんなジャズくんの表情は今まで見たことがない。

「あの、顔……」
「言うな」
「真っ赤ですけど」
「だから言うなって!」

 触れるなと言う方が、無理がある。彼は顔の下半分を手のひらで覆ったけれど、その頬の色は隠し切れていない。何なら耳まで真っ赤だ。

「あーもう、格好つかねー……」

 そう言って彼が机に突っ伏す。
 なんてことはない、普通の、教室での会話だったはずなのに、今は教室中に響き渡ってしまいそうなほど心臓が大きく鳴っている。
 私は今、とても貴重なものを目にしているのではないか。この間、彼のことを格好良いと噂話をしている女子生徒とすれ違ったけれども、彼女たちは彼のこんな姿は知らないに違いない。

「こっちも、ジャズくんがこんなに褒められ慣れてないとは思ってなかったよー」

 軽く笑いながら言う。これで笑って、この話はおしまいになるはずだった、のに。

「は?」
「え?」

 彼が真剣な顔でこちらを見る。彼の黒い髪が、開け放たれた窓から入ってくる風で揺れる。外からは誰かの笑い声が聞こえてきて、もうすぐこの教室にもひとがやってくる。

「本当に、それだけが理由だと思ってる?」

 指の間から彼の瞳が覗く。その視線に射抜かれて、ドキリともう一度心臓が大きく鳴る。『違うの?』という問いは、私の口の中で溶けてなくなってしまった。

2022.05.29