「でさ、そのときカルエゴ先生がさ……って聞いてるか?」
「……ん? あっ、えっ、聞いてる!」

 放課後の王の教室。皆師団に行ってしまって私とジャズのふたりきり。特に用事はないけれど、椅子にぐだっと座りながら、何ともない話をして放課後を過ごしていた。
 
「絶対聞いてなかっただろ」

 そう言ってジャズが私の顔を疑いの眼差しで覗き込む。その近さに私は思わず口から小さく呻き声を漏らしながら仰け反った。
 
「どこ見てた?」

 好きな人の顔が目の前に迫って冷静でいられる女子はいない。私は早々に白旗を振って降参した。「耳を見てました」と白状すれば「みみ?」と彼の不思議そうな声がする。違うんです、これはちがうんです!
 
「いや、なんか、今のジャズの耳飾りって前のより目立って。揺れるからかな? すっごい気になる……」

 今の彼の耳には師匠からもらった飾りが下がっている。以前の彼もピアスを付けていたけれども、それより大振りで揺れるものにはつい目がいってしまう。
 雰囲気が変わってまたそれも格好良いなんて思っていることは、多分きっと関係ない。
 
「よく見てもいい?」
「いーけど」

 そう言って気安く許してくれる。見やすいように顔を横に向けてくれたのをいいことに少しだけ顔を近付けて見る。
 
「あれ、ジャズの耳ってこんな形してたっけ?」

 ひとの耳なんてじっくりみたことがなかったから、改めて見ると不思議な感じがする。特にジャズの顔なんて普段からよく見ていると思っていたのに。……こんなところにホクロがあることも今初めて知った。
 ――惹かれるように、思わず手を伸ばした。
 
「……触って良いとは言ってない」

 伸ばした手をジャズが掴んで止める。大きな手に包むように握り込まれて、動けなくなる。
 顔を上げると目の合ったジャズがどろりと溶けた飴のように甘い瞳をゆっくりと細めた。その視線に動けなくなる。
 
「えっと、その、ごめん!」

 怒らせたかと思い、反射的に謝る。けれどもジャズは握った手の力をかすかに強めただけで、離してくれそうになかった。
 
「そっちも触らせてくれるならいいけど?」

 ギブアンドテイク。彼の言うことはもっともで、きっとそれ以外の意味はないはずだ。それなのに、じっとこちらを見つめる瞳が何かを言いたげで。かぁっと体中の血が顔に集まったかのように熱かった。
 
「えっと、ダメ! ごめん! 私、用事思い出した! また明日!」

 立ち上がると椅子がガタガタと大きな音を立てた。その辺に置いていた鞄を掴んで散らばっていた荷物を雑に放り投げて、逃げるように教室のドアへ向かう。
 
「はは、かーわい」

 ちらりと振り返るとジャズが机に頬杖をついて、あの瞳でこちらを見つめていた。ひらひらと手を振る彼に挨拶を返す余裕もなかった。

2021.10.02