「今日こそ誘う、今日こそさそう……」

 小声で呟きながら歩く。ぶつぶつ何かを言いながら歩く私を、周りの生徒はさっと避けて歩く。頭の中が考え事でいっぱいの私には都合が良かった。

 アンドロ・M・ジャズをデートに誘う。――それが私の目下の目標だった。

「でも、どうやって誘えばいいのよー!」

 そう意気込んだはいいものの、どうやって誘おうか頭を抱えていた。正しいデートの誘い方なんて教科書には載ってない。『新しく出来たクレープ屋に行かない?』いや、ジャズはクレープに食いつかないかもしれない。それだったら『アイス屋の期間限定のフレーバーがおいしそうだから一緒に行かない?』の方がいいかも。暑い日ならアイスを食べたくなるかもしれないし。
 話しかける場所も重要だ。他の人がいる前だと皆で一緒に、という流れになってしまうかもしれない。まずは彼とふたりきりになれるところまで呼び出して――

「こんなとこで何やってんだ?」
「ジャ……!」

 思わず上擦った大きな声が出た。目の前に今まさに想っていた相手がいたのだから驚くのも無理はないことだと思う。

「……ジャズ」

 落ち着いて言い直すと、彼は「どうした?」と軽く笑う。

「えっと、考え事というか……」
「考え事? 悩みか?」
「なやみっていうか、迷ってるというか」

 私の曖昧な返事に彼が顔を傾けてこちらを覗き込む。それを大げさなくらい仰け反って躱しながら、これはチャンスじゃないかと考えていた。問題児クラスの皆の姿はここにはなくて邪魔は入りそうにない。呼び出す手間も省けた。
 ――ここで言わなきゃ女が廃る!

「私とデートしてくれない!?」
「……は? デート?」
「そう、デート。放課後に定番のクレープ屋でも良いし、暑いからアイスを食べても良いし、それ意外でも映画とかショッピングとか何でも良いの! 私、ジャズとおでかけ、したくて……」

 後半は徐々に声が小さくなってしまった。
 もっと自然に誘うつもりで色々考えていたのに、出てきたのは結局ド直球な言葉。
 そっと様子を窺うように顔を上げると彼は驚いたように目を丸くさせていた。

「はは!」

 一拍遅れて、気の抜けたような彼の笑い声が漏れる。

「そんなんで悩んでたのか」
「“そんなん”じゃない! 私にとっては――」
「悪い悪い。かわいいな、と思ってさ」

 言い募ろうとする私を宥めるように、彼はぽんぽんと頭を撫でる。
 そして目を細めて、こちらがびっくりするくらいどろりと甘い声で囁いた。

「放課後、楽しみにしてる」
 

2021.09.03