悪魔学校の教師は厳しいのだから、授業中に居眠りなんてしていたらいくら普段の素行が良かったとしても見逃されたりしないだろう。
悪魔社会は実力主義だ。沢山勉強して実力を付けてランクを上げなければならない。そのためには一分一秒たりとも無駄には出来ない。いくら昼食を食べたあとの授業だからといって集中を欠いているわけにはいかない。
だから、頑張って起きていなくちゃいけないのに――
「お、起きたか?」
ふと意識が浮上して身じろぎすると、上から声が降ってきた。
そのやさしい声にもう一度眠りたくなった。もう少しだけ、このままでいたい、と。
背中がじんわりとあたたかくて心地良い。もう朝なのだろうかと疑問に思ったところで、今の声がお母さんのものでもお父さんのものでもないことに気が付いた。
「じ、ジャズくん!?」
パッと意識を覚醒させて振り返ると、そこには目を丸くさせ、両手を軽く上げているクラスメイトの姿があった。
確かに彼の隣に座って授業を受けていたはずだけれど、それにしてはかなり距離が近い。というか、今授業中なのに大声を上げてしまった――
「私……あれ?」
「よく寝てたぞ。ちなみに授業はもう終わって、皆もう移動したあとな」
彼の言葉に周りを見渡すと教壇に先生の姿がないどころか、生徒も皆いなくて、教室には私とジャズくんのふたりだけだった。
「大きく船漕いでたからな。あのままだったら倒れてたぞ」
近い距離にびっくりしたけれども、ジャズくんは私を助けてくれただけ。倒れて大きな音を立てていたら絶対先生に見つかっていただろう。親切心で私を守ってくれただけ。
視線を下げると彼の胸元が目に入って、つい数分前まであの胸板に支えられていたのだと思うと心臓が不自然に大きく鳴った。
「皆には先行ってもらったけど、俺たちもそろそろ次の教室行くか。走ってギリギリだな」
クラスメイトには私が寝ていたことが全部バレているのだと思うと恥ずかしい。寝ていただけじゃなくて、ジャズくんの胸を借りていたことも。……寝ないようにあんなに頑張っていたのに。
「ま、午後は眠くなるよな」
私の心の内を見透かしたかのように、彼が私の頭をくしゃりと撫でる。いつも彼には助けられてばかりだ。
「あの、ジャズくん……ありがとう」
「おー」
ドアの方に視線を向けながら、彼はなんてことないように返事をする。彼にとっては照れ隠しなのだろうけれど、私にはそれがありがたかった。
「よし、走るぞ! 眠気覚ましにはぴったりだろ」
くるりと振り返った彼が笑顔で言う。
手首を掴まれて、教室を出て、廊下を駆けていく。失敗してしまったはずなのに寝起きの気分は驚くほど晴れやかで、駆ける肌に感じる風はひどく爽やかだった。
2021.08.12