「何か言ったらどうだ?」
「ジャズこそ」

 小さな声でそう返すと、私の頭の後ろと背中に回された手にぎゅっと力が込められる。私の左のほっぺたは彼の胸にぎゅっと押しつけられている。
 私が教室にひとりでいたところに突然やってきては、ずんずんと私の前まで歩いてきたと思ったら無言で抱きしめてきて。私が驚きで息を詰めていると、先程の言葉だ。まったく、彼の考えていることが分からない。

「慰めてるつもりなら何か言ってよ……」

 私の吐いた息が彼のTシャツに吸い込まれていくようで、喋るのも躊躇してしまう。沢山喋ったら声が震えているのもバレてしまうかもしれない。あんまりくっつくと私の涙で彼の服が濡れてしまうかもしれない。もう手遅れかもしれないけれど。――私だって、報われなかった努力にひとり泣きたい気分のときはあるのだ。

「いや、こういうとき何言ったらいいのか分かんなくってさ……」
「なに、それ」

 彼の大きな手のひらが私の頭をやさしく撫でる。それだけで彼が私を思い遣ってくれていることは分かった。本当は言葉なんて必要ないことは分かっていた。
 ――でも、だからって、落ち込んでいる側に何か言えはないでしょうに。思い出してくすくすと笑うと「何だよ」と彼が体を揺らした。

「ありがと」

 言うべき言葉が見つからなくてもそれでも私のところにやってきてくれたのが嬉しい。だって私は上手い慰めの言葉がほしかったわけじゃない。クールに決められなくても、不器用でも、それでもやさしさを与えてくれた彼のことが好きなのだ。

「ありがとね」
「おう」

 お礼を言われて、何で答えたら良いのか分からずにそっけない返事を返してしまう彼が好きだ。今彼はどんな表情をしているのだろう。困った顔? 戸惑っている顔? それとも照れたりしている?
 顔を上げて確かめたいような気もしたけれど、今触れる彼の体温が離れがたくて。私の方からも腕を回して抱きしめ返すと、彼の体がまた強張った。

「理由は言わないけど、もう少しだけこうしていて」
「ああ」

 彼の胸にぴたりと頬を付けると、今度は先程とは違う理由で涙が出そうになった。
 

2020.07.18