彼に手を握られるたび、毎回ドキリと心臓が跳ね上がる。

「ん? どうかした?」

 デートの最中、隣を歩く彼にするりと指が絡められて。自然で、スマートに、まるで何事もなくかったかのように彼はいつもと変わらない余裕の表情なのに、私ときたら手を繋ぐ、たったそれだけのことに大げさに反応してしまう。
 ふたりきりでデートするのには慣れた。彼女としてジャズくんの隣に立つことも、夜に電話して寝る前に彼の声を聞くのも、たまに少し緊張することもあるけれども日常として私の生活に溶け込みつつある。それなのに、彼と手を繋ぐことだけは未だ慣れないのだ。

 思わず立ち止まってしまった私を、ジャズくんが不思議そうな顔で覗き込んでいる。

「ううん、なんでもない」
「そうか? じゃ、次どこ行く?」

 そう言って彼が私の手をぎゅっと握り直す。彼の指輪の硬く冷たい感触がする。すり、と指の腹で手の甲を撫でられて、またドキドキしてしまう。多分、彼は無自覚だろうけれど。

 彼の指が絡められると、まるで自分が盗られているような気持ちになる。手を繋いでいるだけなのに、私がまるで彼のものになってしまったみたいに錯覚する。彼に盗まれる財布たちもこんな気分なのだろうか。――そう思うと彼に盗まれるものたちにまで嫉妬しそうになる。

「あのね、手――」
「なに? ……もしかして繋ぐの嫌だった!?」

 そう言って彼はパッと手を離してしまう。それが淋しくて「ちがうの」と慌ててその手を掴むと、彼の目が驚きで丸くなる。その手を逃がさないようにぎゅうぎゅうと必死で握った。彼の指輪がカチャリと音を立てる。

「その逆で。私ジャズくんに手握ってもらえるの好きだなぁと思って」

 勢いのまま気持ちを伝えると、彼はしばらく驚いた表情のままこちらを見つめて。それからスイと視線を逸らした。

「あー……、わり」

 そう言って片手で口元を覆う。手のひらから覗いた頬がほんのり赤くなっているのが見えた。私ばかりがドキドキしていると思っていたのに、彼も照れることがあるのか。いつもジャズくんは余裕があって、いつだって私の先を歩いていると思っていたのに。

「そんなこと言われると一生離せなくなる」

 返してくれなくていいの。

「それでも、いいよ」

 もう私の心はすべてあなたのものなの。

2020.07.03