「どこ行くの?」

 そう後ろから声を掛けられた。
 振り返ると幼馴染の男が立っていた。

「あっ!」

 思わず声を上げた。にやにやと笑う彼の手の中には、私の胸元に下げられていたはずのペンダントがある。
 首元を撫でられたことにすら気が付かなかった。

「ちょっとジャズ、返してよ!」

 本当にこの男は手癖が悪い。

「見たことないペンダントだな。何、新しく買ったの?」

 彼の言う通り、昨日繁華街の雑貨屋で買ったばかりのペンダントだった。埋め込まれた小さな石と細工がかわいらしく、ほぼ一目惚れで買って帰ってきた。
 もちろん学校に付けてくるのも今日が初めてだし、ジャズが見るのもこれが初めてのはずだ。
 それを左手でいじりながら彼の視線だけがこちらへ向けられる。

「かわいいじゃん」

 ――そう言う彼の目は笑っていなかった。
 ぞくりと背筋が震える。お世話だってもっと上手く言えるだろう。仄暗くぐらりと燃え立つような瞳の色に、気を抜くと吸い込まれてしまいそうだった。

「もう! 返してってば!」
「どこ行くのか教えてくれたらな」

 そう言って彼はまるで逃さないとでも言うように私の顔を覗き込んで視線を絡める。
 無理矢理奪い返そうとしたけれど、こういうときの彼は頑固で、左手に握っていたペンダントを右手へ、私の届かない上へ上げたりして器用に遠ざけてしまう。
 至近距離にある彼の顔に、もうまともに物を考えることが出来なかった。

「……ジャズのとこ!」
「は?」
「だから今からジャズに会いに行くところだったの!」

 そう言い切ると一瞬気の緩んだ彼の手からペンダントを奪い返す。自分で付け直すのは焦ってしまって余計に時間が掛かった。
 やっと付け直すと、彼の方へ顔を上げる。ジャズの視線が私の胸元に注がれているのが分かった。本当はきちんとこれを私が付けた状態でかわいいと言ってほしかったけれど。

 ぽかんとした表情のジャズを残して、くるりと彼に背を向ける。

「用事は?」
「もう達成したからいい!」

 最初からジャズにこのペンダントを見てほしかっただけで大した用事なんてないのだ。
 大股で歩いて行くと、後ろから彼が慌てて追いかけてくる音がした。
 

2020.10.30