「ジャズ!」

 とにかく、一秒でも早く彼の元へ。

 羽を出していないというのに足取りは軽く、飛ぶように地面を蹴り上げ駆けていった。

「私、位階昇級した!」

 振り向いた彼の元へ、飛び込むようにしながら一番に伝えたかったことを口にする。
 走ったのと興奮で心臓はバクバクと大きく鳴り続けている。呼吸を整えるように大きく息を吐く。彼の顔を見上げると、驚きで丸くなった目が徐々にゆるんで、表情がほころんでいく。

「すげーじゃん」

 やったな、と彼が私の頭を撫でる。わしゃわしゃと遠慮のない動きだったけれど、とてもやさしい手のひらだった。彼が自分のことのように喜んでくれているのがよく分かる。
 それが嬉しくて、くすぐったくて、私は身をよじるようにして笑い声を零す。
 彼にこうして褒められるのが好きだった。本当にどんなことでも彼に一々報告した。今回の昇級はとても大きなことだからきっといつもより沢山褒めてもらえると思った。

「おっと、髪が乱れたか?」

 そう言って彼がパッと手を離す。

「悪い」
「だいじょうぶ」
「女の子が髪をセットするのは時間がかかるんだろ? クラスの女子もずっと結び合いっこしてる」

 確かに彼に撫でられて多少は崩れたとは思うけれど、元々そんなに凝った髪型もしていない。流れに沿うようにちょっといじればすぐに直るはず。

「気にしない、から」

 この言い方では身嗜みに無頓着な女だと思われてしまっただろうか。そういう意味ではなかったのだけれど。
 でも、もっと撫でて、などとは言えないから。

「そっか」

 それでも彼は私の気持ちを分かってくれたようで、もう一度頭に手を乗せ、くしゃりと撫でてくれた。彼の手のひらはとても気持ち良い。

 もっとずっとこの手が私に触れてくれていたらいいのに。そう思いながら心地良さに目を閉じた。
 

2020.10.26