「わぁ!」

 私の座る正面で、彼が目を輝かせて弾んだ声を上げた。山のように積み上げられた料理を見上げて、その隙間から身を乗り出してこちらへ話しかけてくる。

「すごい、こんなに沢山! 見て、これなんてすごいバランスだよ!?」

 そう言って見るもの全てに驚いてテンションを上げる彼を見ていると、何度か来たことのある店だというのにこちらまでわくわくしてしまう。



「あのね、食べ放題の割引券があって! もし良かったら、イルマくん一緒にどうかな?」

 そう言って私が彼を誘ったのがきっかけだった。
 彼はサリバン邸で最高級のものを毎日お腹食べているかもしれない。食べ放題だなんて行きたいときに行けるだろうし、もしかしたら興味がないかもしれない。サリバン理事長の秘蔵っ子という噂だから、私なんかと出掛ける許可なんて下りないかもしれない。そう思いながら駄目で元々、意を決して誘うと意外にも彼はするりと承諾してくれた。

「僕でいいの?」

 「イルマくんがいいの」と若干裏返った声で言った言葉は、彼の中を通って心に届くまでの間に親愛の意味になってしまったようだったけれど。



 そんな必死の思いで誘ったものの、彼は食べるのに夢中になっていて、あまりゆっくりお喋り出来るような感じではない。彼を誘う口実にぴったりだと思ったのだけれど、それっぽい雰囲気は皆無だった。せっかくふたりきりで出掛けるのだから良い雰囲気に持っていかなきゃダメと友人からは耳がタコになるほど言われていたが、その『良い雰囲気』というものをどうやったら作れるのかも分からない。
 もっとイルマくんのことを知りたい。もっと私のことを知ってほしい。そういう欲はあるけれども、それでも私は料理を口いっぱいに頬張るイルマくんの幸せそうな顔を眺めているだけで十分満たされていた。

「おいしいねっ!」

 そう言ってイルマくんがきらきらと満面の笑みをこちらへ向ける。その眩しさに彼の目をまっすぐに見れなくなる。「そうだね、すごくおいしい」と答えると彼はまたさらに嬉しそうな顔をするのだから、私は顔が熱くなって、ついに料理を口に運ぶどころではなくなってしまった。

2020.10.20