「何で、こんなすみっこに座ってるのヨ〜?」

 「楽しんでる〜?」とジョッキ片手に絡んでくる彼が一ミリも酔っていないことは経験から分かっている。
 ここはクラブ・ヴァルハラ。同級生のジャズとアロケルが売られた場所である。そこに何故か私も毎日連れて来られている。意図も分からないままに。いや、ここで大人の駆け引きを学ぶべきなのだということは分かる。けれども、フルフル軍曹はずっと私のそばについていようとする。それでは学ぶものも学べないではないか。

「アッチ行こっか?」
「やめてくださいー! 離して!」
「ちょっとくらい良いじゃんネ」

 そうして私は今、フルフル軍曹に誘拐されている。俵のように肩に担がれ運ばれていく。フルフル軍曹の弟子であるジャズとアロケルは、半分笑いながら眺めているだけ。
 抵抗して彼の背中をバンバン叩いても彼は楽しそうに笑うばかり。本当に腹立たしい。

「本当にかわいいネ」

 そう言って彼はバカにしているのだ。悪魔学校の生徒だったら、例え先輩相手にしたってこんな不覚は取らない。さすがに教師相手には敵わないとは思うが、彼らは生徒に対してこんなことはしない。彼だけだ、こんなふうに乱暴に私を運んだりするのは。

「……」
「ハハ、もしかして照れてる〜?」
「そんなわけないでしょう!」

 もう一度バシリと彼の背を叩く。それでも彼は特にダメージを受けた様子もなく、涼しい顔をしたままだ。以前は抵抗するために魔術を使ったこともあったが、ことごとく防がれ、魔力を無駄に消費するだけなのでやめた。彼を相手にするのなら、正面からの正攻法では無理で、隙を窺う必要がある。

「大体、どうして私なんですか!?」

 ジャズは? アロケルは!? 弟子はどうしたと詰め寄ってみても彼は動じなかった。

「お前がお気に入りだからだヨ〜」

 笑顔が胡散くさすぎる。なんだか馬鹿らしくなって、起き上げていた上半身もおろした。ぐったりと力を抜いて、彼のなすがまま運ばれていく。……最初から抵抗など無駄ではあったのだけれど。

「アレ? 急に元気なくなっちゃってどうしちゃったノ〜?」

 そう言って彼が反対側の部屋の隅にやっと私を下ろす。ここは観葉植物の影になっていて、周りから見えづらく、少しだけ喧騒もマシだった。
 彼の言葉は私を心配するものだが、声は弾んでいてちぐはぐだ。肩から下ろしたものの、抱きかかえたまま、椅子に座り、私を膝の上に乗せた。

「な……!?」
「そうそう、反応してくれなきゃつまらないヨ」

 そう言って彼が私の頬を突く。私の顔を覗き込み、その瞳をゆっくりと細める。その表情は先ほどとは全く違っていた。
 ――なんだ、今の表情は。

「あ、真っ赤になったネ」

 もっとその奥にある表情を見てみたいと思ったのに、彼は簡単にそれを引っ込めた。
 完全にオモチャにされている。そう分かっているのに、彼に振り回されるのをどこか心地良いと感じている自分がいた。

2022.12.03