珍しくサリバン様にお遣いを頼まれた。魔界塔で働く秘書官である私にサリバン様が頼み事をすることはあまり多くない。
 届けるよう頼まれた書類を抱えて悪魔学校にやってきたのだが――廊下を歩いていると、首筋に焦げ付くような殺気を感じて、振り向くのと同時に右に跳んで避ける。

「見ない顔だなぁ」

 チリと髪の毛の先が焦げる匂いがする。声の先に視線をやると、紫色の炎を手から出し、油断なくこちらを見ている教師の姿があった。先ほどまで私がいた場所は炎で焼け焦げていた。
 何故攻撃してくるのかと尋ねる前に、今度は左に気配を感じて見遣ると、長髪の男が立っていた。

「“召集”」

 彼が呪文を唱えると、身体が勢いよく引っ張られた。次の瞬間には目の前に彼の姿が。慌てて身体を反転させ、勢いを利用して蹴りを繰り出す。
 当然のようにガードされたけれど、再び距離を取ることには成功した。

「どうやってここまで入って来れたのかな? 幻覚系の魔術?」

 今度は赤髪を二つ結いにした教師が、私に近付き尋ねる。いつの間に間合いに入られたのか、気が付かなかった。サッと後ろに跳んで後退る。

「話を聞いてください!」

 さすがに悪魔学校の教師三人を相手にするのは分が悪すぎる。

「私は魔界塔の者です! 三傑の秘書官で、今日はサリバン様のご命令により悪魔学校バビルス教師統括ダリ様にお届け物を……!」

 私の言葉に彼らの動きが一瞬止まった。

「秘書官?」
「サリバン様からお話がいっているかと……」
「聞いてないな」

 「言い忘れちゃった」とお茶目に言って誤魔化そうとするサリバン様の顔が目に浮かぶ。いや、サリバン様もお忙しい身なのだから、彼に任せず、秘書官である私自身で学校へのアポ取りやら根回しをするべきだったのだろうと反省する。

「秘書官って本当?」
「本当です! ダリ様か、サリバン様のSDであるオペラ様なら私の顔を知っていますから!」

 私の顔を知っているはずの悪魔の名前を挙げながら、胸元に付けた秘書徽章を見せる。私は魔界塔の中での事務が主な仕事で、こうして外に出ることがあまりないから、疑う彼らの気持ちもよく分かる。何よりあんな大事件があった後だ。侵入者に敏感になっていても仕方がない。

「信じてください……!」

 両手を上げて無抵抗のポーズを示す。ちょっとだけ攻撃してしまったけれど、それは正当防衛の範疇のはず。
 三人の教師はまだ疑いの目を向けていたが、話を聞いてくれる気にはなったらしい。


 その後、通りかかったオペラ様が「おや、秘書官殿ではありませんか」と言ってくれたおかげで誤解を完全に解くことが出来た。
 秘書官たるもの、事前確認は完璧にしなくてはと、改めて胸に誓った。

2022.12.12