「エイト先生、火貸してください!」
「ヤダ」
 そう言って彼はこちらへ視線を向けながら咥えていた煙草の火を消した。こちらが喫煙所まで押しかけてきたというのに律儀で優しい人だと思う。喫煙所に他の教師の影はなく、彼が消した煙草の煙だけが細く空に上っていった。
「こんなところまで来たの?」
「エイト先生がいるところならどこへでも行きます!」
 私はここしばらく休み時間になるたびにエイト先生を追いかけていた。自分の授業を終え、職員室に舞い戻り、他の先生にエイト先生の目撃情報を募ってからそこへ向かう。なかなかタイトなスケジュールだった。
「どうかお願いします! エイト先生の火で炊いたお米が食べたいんです!」
 そう言って私はエイト先生の前でパンと手を合わせて頭を下げた。
 彼の尻尾の炎で作った料理は絶品だという。その話を聞きつけた私はどうしてもそれが食べたくなってしまった。というか、同僚から実体験を聞いて、それを羨ましく思わない悪魔はいないと思う。想像しただけで涎が出る。決して私が食いしん坊だからではない。
「一回、一回だけで良いですから! そしたらもう付き纏ったりしません!」
「なおさらダメ」
「信用がない!」
 いくら一回きりだと言っても信じてくれない。きっと一度許せば味をしめて何度も頼み込んでくると思われているのだろう。そんなつもりはないのに。
「この間、私が帰省している間に皆で鍋やったらしいじゃないですか。そのときエイト先生の火を使ったって聞きました。皆との鍋パは良くてどうして私はダメなんですか!?」
 そのときは普通にオーケーしてくれたと聞く。これはロビン先生から聞いた。料理はおいしく、楽しいパーティーだったらしい。悔しい。分かっていたら絶対帰省しなかったのに。このとき以外も、自分が遅くまで残業したときに限ってロビン先生の代わりにエイト先生が料理当番をしたりする。いつも私がいないタイミングでエイト先生の火が使われているのだ。避けられているのではないかと思うくらいに。……本当に避けられているわけではないと思いたい。彼に嫌われている雰囲気はないし。
 気が付けば私以外の寮住みの教師は皆彼の火を使った絶品料理を食していた。
「キミは付き纏ってくるでしょ? だから」
「付き纏わなかったら火貸してくれるんですか?」
「そしたら絶対貸さない」
「ほらぁ!」
 詰んでいる。どうしても私に火を貸すつもりはないのか。他のひとは良いのに。軽く睨むようにしてエイト先生を見上げると、彼は軽く笑ってみせる。こっちは本気で頼んでいるというのに。
「ま、頑張って追いかけてきてよ」
 そう言ってエイト先生がひらひらと手を振りながら喫煙所から出ていく。その姿がどこか楽しそうに見えたのは気のせいだろうか。私は慌ててその後ろ姿を追いかけるのだった。

2023.09.30