バレた。バレたバレたバレたバレた――

「ニン、ゲン……?」

 人間であることがバレた。
 エイト先生は目を丸くさせ、放心していた。魔界で人間はほとんどおとぎ話の中の存在だと聞いた。信じられないのが普通だろう。――出来ればこのまま信じずにいてほしい。
 私も『なに言ってるんですかー!』と笑い飛ばしてしまえれば良かったのに、咄嗟のことに表情が取り繕えなかった。私の絶望したような表情に、彼は自分が思わず口に出した言葉が真実だと分かってしまっただろう。

「……」
「あの、その……」

 逃げなきゃと思うのに、足が動かない。
 彼は無言で近付いてきて、私のシャツの襟に指を掛け、そのままうなじあたりの布をグッと引き裂かれた。

「きゃ!」

 思わず背中を丸くてしゃがみ込み、身を守る。こちらを見下ろす彼の瞳がひどく恐ろしく見えた。ぞくりと背筋が凍る。

「羽管がない……」

 服を引き裂いたのは、悪魔には必ずある羽管を確認するためだったのだろう。――では、羽管もなく、人間だと分かったあとは?

「私のこと食べちゃうんですか……?」
「食べ!?」

 ごくりと彼の喉が動いた。人間は悪魔にとって捕食対象だと聞く。人間がおいしいとかいう歌まであるくらいだ。人間だと分かったら、悪魔の本能でがぶりと頭から食べられてしまうんじゃないかと思った。食べられたらやっぱり痛いのだろうか?
 でも、どうせ食べられるなら誰か知らない悪魔より、よく知ったエイト先生に食べられる方が――。そこまで考えて、目にじわりと涙が浮かぶ。出来ることなら死にたくない。もっと、魔界で皆と、エイト先生と一緒にいたかった。
 最期にもう一度、エイト先生の姿を瞳に映そうと顔を上げると、私の顔を見て再び彼が目を丸くさせた。

「食べないよ! 食べられるわけないでしょ!」

 ガッと肩を掴まれる。その勢いに気圧されて、目尻からぽろりと涙がこぼれた。それを見て彼が慌てて服の袖で拭ってくれる。
 彼が上着を脱いだかと思うと、それを私に掛けてくれた。服を裂かれたせいで、背中が丸見えだったことを思い出した。背中側を裂かれた服は身を丸めても隠せないから正直上着を貸してもらえて助かった。
 先ほどまで恐ろしく見えた彼の瞳は、今はもういつもと同じ色に戻っていた。

「このことを知ってるのは?」
「サリバン様とオペラさんと――あとダリ先生も気付いているように思います」
「あのひとなら気付いてるかもしれないけど……なんか悔しいな……」

 そう言って彼が私に向かって手を差し出す。その手を取ると、ぐっと引いて立ち上がるのを助けてくれた。恐怖で腰が抜けていたのか、ふらつく体も支えてくれた。
 どうしてこんなにもやさしいひとに食べられてしまうと思ってしまったのだろう。失礼な勘違いをしてしまった。
 目尻に浮かんでいた涙を指で拭いながら、彼の顔を見上げる。

「食べられるかもなんて思ってしまってごめんなさい」

 もう一度、エイト先生の喉がごくりと動いた。

2023.03.11