「はぁ、お見合い……」

 私が気の抜けた返事を返すと、彼は苦笑しながら煙草の火を消した。

「ひどいなぁ。これでも結構真剣に悩んでるんだけどな」

「あ、すみません。自分にはあまりにも縁遠い言葉だったので。イフリート家にもそういうのあるんですね?」

 イフリート家も由緒正しい家系だ。そういうのがあってもおかしくない。エイト先生には昨日も授業のことでアドバイスをもらったし、いつもいつも助けてもらってるし、自分に何か出来ることがあるのならば手伝いたいと思ったのは確かだったが――

 ◇

「じゃあ、これで契約は終了ですね」
 慣れない小綺麗なワンピースともこれでおさらばだと思いながら、そう言って帰り道に足を向ける。高めのヒールのせいで足も痛い。早く帰って全部脱ぎ捨ててしまいたい。

「えっ?」

 あっさり帰してもらえると思ったのに、彼はは驚いた声を上げて、私の手を強く掴んで引き留めた

「いやいや、ダメでしょ。こんなに早く別れたらまたすぐに次のお見合いがセッティングされるから」

 お見合いを回避するために彼女のふりをする――それが私と彼との契約だった。職場などの知り合いを相手にするわけではない。彼のご両親に会って、一日彼女のふりをするだけ。そう思ったから引き受けたのに。

「まぁ確かに、“次”が早く来すぎるのも、せっかく彼女のふりをした意味がなさすぎですよね……」
「そうそう」

 本人にその気がないのに無理矢理お見合いさせられ、結婚してもお互いに不幸になるだけだ。一度関わってしまった以上、ある程度は効果を長持ちさせたいという気持ちもある。

「この間、行ってみたいところがあるって言ってなかった? お礼に付き合うよ」
「えっ、本当ですか!?」

 景色が綺麗な場所があると、この間見たテレビ番組で紹介していて気になっていたのだ。でも少し遠い場所で、他の人を誘っても予定が合わなかったりして、ことごとく断られていた。ひとりで行っても良かったのだけれど、どうせなら誰かと一緒に行って感動を分かち合いと思っていたのだ。

「あと、僕の炎で炊いたお米も食べたいって言ってなかった? あとお鍋も。作りに行ってあげようか?」
「いいんですか!?」
「もちろん」

 そう言って彼はにっこりと微笑んだ。

 ◇

「おいし〜〜!」

 エイトがこうして家に料理を作ってくれるのも、もう数え切れない回数になっている。ひょいひょいとご飯を口に運ぶ。そんな私を彼は頬杖をつきながら、にこにこと眺めていた。

「ね、もうこのまま僕たち結婚しちゃわない?」

2022.12.22