「はい、魔茶――魔界のお茶だよ。口に合うと良いんだけど」
そう言って彼はぶくぶくと泡の立つ紫色の液体を私の前に置いた。私は身を固くして、出されたそれをじっと見つめることしか出来なかった。
「ああ、毒とかは入ってないから安心して」
そういうのは僕の役割じゃないからと、明るく笑って言う。これが鬼……じゃなかった、悪魔のジョークなのだろうか。だとしても、私には全然笑えない。毒が入っていないと言われても、見た目はかなり毒々しい色をしていて全く信用ならない。
ダリと名乗った青年は、自身の湯呑みに入った私に勧めた飲み物と同じ色の液体をごくりと飲んだ。「ね? 大丈夫でしょ?」悪魔にとってのお茶が人間にとって毒ではないという証明にはならない。
「帰してください」
「人間界に? それが出来ればいいんだけどねー」
そう言って彼は曖昧に笑った。はぐらかされている。
先ほどから柔らかい表情を崩さない彼に警戒が緩んだのかもしれない。もう少し現実的な話をする気分になった。悪魔に対して、現実的な話というのもおかしいけれど。
「……ここはどこですか?」
森で追いかけ回され、腕を捻り上げられ、自由を奪われて、連れて来られた部屋は意外にもマンションの一室のような普通の場所だった。
ここに来る前に一瞬何だか偉い人っぽいところに連れて行かれたが、そこでは声を出すことも出来なかった。しかし、ここでは寛いで、どんな質問も許されそうな雰囲気だ。そう思って尋ねれば、目の前の彼は一瞬目を丸くさせたあとに、にっこりと微笑んだ。
「僕の部屋だよ」
「!?」
慌てて立ち上がろうとしたら太ももをローテーブルに強打した。その様子を見て彼が笑う。
「あの! お邪魔しました!!」
「せっかくだからお茶くらい飲んでいけばいいのに。ケーキも付けようか?」
「結構です!」
私が慌てる様子を見て楽しんでいる。なるほど、彼は間違いなく悪魔だ。
悪魔の部屋に連れ込まれるなんて、何をされるか分からない。いや、どこにいたって私が危険であることには変わりないのだろうけれど。
「ここは悪魔学校教師寮の別館。君には今日からここで暮らしてもらうから」
「こ、ここ!?」
「そう」
そう言って彼がにっこりと笑う。その人当たりの良い笑みとは対照的に、言っている内容は随分とぶっ飛んでいる。
「君はダンタリオン家の預かりになったから」
ついでのように彼が付け足す。ダンタリオンというのは彼の苗字なのだろうか。そう言えばここに来る前に聞いたような気がするが、思い出せない。
ズキズキと太ももがまだ痛む。足を押さえて、その場でぴょんぴょんと小さく跳ねる様子を見て、彼がまた楽しそうに笑った。
2023.02.02