楽団の生演奏が会場に響き渡っている。フロアの真ん中でくるくると踊る男女たち。ターンのたびに広がるドレスの裾が美しい。
手に取ったドリンクで喉を潤しながらそれを眺める時間が、私は嫌いではなかった。
ワルツを踊る男女の中には私のパートナーであるアズの姿もあった。パートナーと言ってもただの幼馴染である私たちは、一緒に入場するくらいで、そのあとはそれぞれの友人や家の付き合いのある人への挨拶をするため別れるし、一通りの挨拶が終われば帰りは別々に帰る。
「珍しい」
彼は滅多にダンスを踊らないが、今日は違ったらしい。一人と踊ったことで、次は自分もと令嬢たちが色めき立つのが分かる。
巻き込まれないようにダンスフロアから離れつつ、料理を取りに行くことにした。
「おい」
声を掛けられ顔を上げると、ひどく不機嫌そうな顔をしたアズが目の前に立っていた。こんな不機嫌な顔はなかなか見られるものではない。
何か問題でもあったのかと尋ねようと口を開く前に、彼の方から話し始めた。
「貴様、私が他の令嬢と踊っていても何とも思わんのか」
「えっ?」
尋ねられたのは予想外のことで、思わず口をぽかんと開けてしまった。
「いや、思わないけど……?」
ダンスを踊るのは社交の一環だ。必要があるのなら踊った方が良いに決まっている。せっかく貴族会に参加したのだから家のためにそれくらいは務めを果たすべきだ。私だって誘われればどこかのご子息と一曲踊るだろう。今さら何をそんなことを、と首を傾げて彼を仰ぎ見る。
「わ、私が他の令嬢と楽しそうに踊っているのだぞ!」
「良かったね……?」
楽しくないよりは楽しい方が良いに決まっている。傍目からはそこまで楽しそうにしているようには見えなかったが、心の中でははしゃいでいたのだろうか。
「私はパートナーのお前とは踊ったことはないが?」
「うん、そうだね?」
それはお互い無駄なことをしないタイプだったからだろう。パートナーと最初の一曲を踊るペアも多いが、絶対に踊らなくてはいけないものでもない。その間に挨拶回りを一件でも多く済ませた方が良いというのがふたりの総意だったはずだが。
「ここまで言っても貴様は何とも思わんのか!」
「アズは私にどうしてほしいのよ?」
素敵なダンスだったと褒めてほしい? それとも楽しそうにしていたことを私も一緒に喜べば良い? それとも、もしかしてパートナーをほったらかして他の令嬢と踊っていることを咎めてほしかった……? でもどれもアズらしくない。彼の言葉の意図が分からず、ストレートに尋ねると、アズは口をぱくぱくさせたあと、顔を真っ赤にさせた。
「もういい!」
そう怒ったように言うと、彼はくるりと背を向けてしまった。そのまま行ってしまうのかと思ったが、不意に手を握られた。
「帰るぞ!」
貴族のエスコートも何もあったものではない。けれども、気取ったエスコートよりもこっちの方が断然良い。彼の大きな手のひらが心地良かった。
繋がれた手をきゅっと握り返す。
「アズと帰るの何気に初めてだね」
「〜〜っ!」
私の言葉にパッと振り返ったアズの顔はまだ赤いままだった。
2023.06.11