「ねえ、リードくん、昨日のアレ見た? たまたまテレビ付けたらやってたんだけど、お笑いコンビのツッコミの方がさ〜」

 朝のホームルーム前の時間、後ろの席に座っていたリードくんに話しかけていると、ふと隣にひとが座る気配がした。

「おはよう」
「おはー」

 何気なしに挨拶を返してから数秒、その声の主に思い当たって、勢いよく振り返る。すると、そこにはアズくんが座っていた。

「……えっ」
「なんだ」
「アズくん、今日ここ!? 私の隣?」
「私が座ったら悪いのか」

 別に席が決まってるわけじゃない。王の教室も大体皆お気に入りの席が決まっていたりする。私もそのひとりで、いつもこの窓際の席が定位置だった。もちろん、悪魔は気まぐれなので毎日違う席に座るひともいる。だから、アズくんが私の隣に座ったって、全然良いのだけれど。

「もしかして、イルマくんと喧嘩した……?」

 いつもの三人組が並んでいないのは珍しい。
 クララちゃんとアズくんの言い争いは日常茶飯事だ。だから、喧嘩して避けているとしたら、それはきっとイルマくんの方だと思ったのだけれど……

「私がイルマ様と喧嘩などするわけがないだろう!」

 否定されるというより怒られてしまった。「もし、私とイルマ様の意見が違うことがあったとして、そのときはイルマ様の方が正しいに決まっている! 争うべきことなどないのだ!」とすごい熱量で語られる。

「ごめん。でもアズくんがふたりと違う席に座るなんて珍しいからさ」

 と言っても、ふたりは斜め後ろの席だ。アズくんが別の席に座ったことに驚くわけでもなく、ふたりで楽しそうにお喋りをしている。やっぱりいつもは三人並んでいることが多いから違和感しかない。でも、喧嘩ではないと言っているし、きっと偶然そういう気分の日だったのだろうと思うことにした。

「そういえばさ、昨日のお笑い番組、見た?」
「見ていないが」

 リードくんに話しかけていた話題の続きを話そうと思ったが、会話が終わった。アズくんが見ていないことは予想がついていながら話題を振ったのも悪かったのだけれど。でも最近はイルマくんの影響でテレビ見たりゲームしたりしてるし、もしかしたらと思ったのだけれど、運良く同じ番組を見ていることもなかった。

「あっ、そういえば昨日の最後の授業、魔歴の大教室でも席隣だったよね〜」

 隣と言っても、大教室の長い机で、私たちの間は少なくとも二人分の距離は空いていたのだけれど、隣と言えば隣だ。
 これなら共通の話題だろうと思って、話を振ったのだけれど――

「……っ!」

 アズくんの顔が一瞬でおでこまで真っ赤に染まった。

「えっ、何!?」
「き、気付いていたのか……!」
「そりゃ気付くよ!」

 少し距離が離れていたとはいえ、クラスメイトだし。イルマくんたちと楽しそうに話していたから、手を振ったり声を掛けたりしなかっただけだ。目立つ彼らに気付かない方が難しい。

「アズくんなら、どこにいても気付、く、よ……」

 それを聞いたアズくんの顔がますます赤くなる。
 思ったことをそのまま言ってしまってから、あれ?と思った。これはもしかして、アズくんは私の隣が空いていたから座ったのではなくて、“私の隣だから”座ったのだろうか。だとしたら何故? 彼の顔が真っ赤な理由は? 色々ありえない期待をしてしまいそうになるのを、慌ててシャットアウトする。

「えっと! カルエゴ先生、今日来るの遅いね〜」

 わざとらしい声になってしまったかもしれない。私の顔も少し熱くなる。壁の時計を見ると、ホームルームが始まるまであと五分あった。その間も隣が気になって仕方ない。こんなにも先生に早く教室に来てほしいと願ったのは生まれて初めてだった。

2022.10.23